ローマ文学史 — ウェルギリウスとラテン語の千年
ローマ文学には、他の国の文学史にない前提が二つある。
一つは、模倣から始まったことを書き手自身が自覚していた点である。ギリシャという圧倒的な先行者があり、ローマの書き手はそれを翻訳し、模倣し、そこから自分の形を作ろうとした。この意識は作品の中でくり返し語られている。
もう一つは、帝国が滅んだ後も言語が生き延びた点である。ラテン語はローマの死後、千年以上にわたってヨーロッパ全体の学問・宗教・行政の書き言葉であり続けた。この文学史は、一つの国の物語であると同時に、ヨーロッパ全体の書き言葉の物語でもある。実際、他国の文学史にその痕跡が残っている。イギリスのトマス・モアが『ユートピア』をラテン語で書いたこと、フランスのデュ・ベレーがラテン語から離脱すべきだと宣言したこと。各国の文学は、ラテン語から独立するという形で自分を定義した。その対象がここにある。
以下、五つの時代に分けて追う。全体の見取り図は次のようになる。
| 時代 | 年代 | ローマ史の状況 | 文学に起きたこと | 代表作 |
|---|---|---|---|---|
| 共和政期 | 前300〜前31年 | 共和政。地中海へ拡大 | ギリシャ作品の翻案から始まる | 物の本質について ガリア戦記 |
| 黄金期 | 前31〜後14年 | アウグストゥスの治世 | ラテン文学の頂点 | アエネイス 変身物語 |
| 銀の時代 | 14〜200年 | 帝政の確立と皇帝の専制 | 技巧が凝られ、主題が暗くなる | 年代記 自省録 |
| 後期古代 | 200〜600年 | キリスト教の公認・西ローマ滅亡 | 文学の主題がキリスト教に移る | 告白 |
| 中世ラテン文学 | 600〜1400年 | 帝国は消滅、教会と大学が担う | ラテン語が国境を越えた書き言葉になる | 『神学大全』 |
共和政期(前300〜前31年)— ギリシャを取り込む
最初期の文学は、ギリシャ作品の翻訳と翻案から始まった。プラウトゥスとテレンティウスの喜劇は、ギリシャのメナンドロスらの作品を下敷きにしている。
ただし単なる置き換えではない。プラウトゥスは筋を崩し、歌を増やし、ローマの観客に合わせて作り変えた。この二人の喜劇は後にルネサンス以降のヨーロッパ演劇に受け継がれ、シェイクスピアやモリエールの作品にも痕跡を残している。
散文で決定的な役割を果たしたのがキケロである。末期の政治家で、を務め、弁論・書簡・哲学的な対話篇を膨大に残した。その文体は後の時代に正しいラテン語の基準になる。ルネサンスの人文主義者がキケロを模範としたことで、この規範はさらに千五百年生き延びた。
カエサルのガリア戦記は、自分の遠征を三人称で記録した書物で、簡潔な文体の模範として長く教材に使われてきた。ルクレティウスは物の本質についてで、世界は原子の集まりにすぎず神は人間に関与しないという哲学をの形で説き、カトゥルスは個人的な愛と憎しみを短い詩に刻んだ。
| 作品 | 成立 | 作者 | 種類 |
|---|---|---|---|
| 『アンドロスの女』 | 前166年 | テレンティウス | 喜劇 |
| 『カティリナ弾劾』 | 前63年 | キケロ | 弁論 |
| ガリア戦記 | 前58〜前49年 | カエサル | 戦記 |
| 物の本質について | 前1世紀半ば | ルクレティウス | 教訓詩 |
| 恋愛詩(レスビア詩篇) | 前1世紀半ば | カトゥルス | 抒情詩 |
| 『カティリナ戦記』 | 前42年頃 | サッルスティウス | 歴史叙述 |
黄金期(前31〜後14年/アウグストゥスの治世)— ラテン文学の頂点
内乱を終わらせたアウグストゥスがを開いた時期に、ラテン文学は頂点を迎える。詩人たちはの庇護のもとで書いた。
ウェルギリウスのアエネイスは、トロイア落城から逃れた英雄がローマ建国に至る叙事詩である。ホメロスのイリアスとオデュッセイアを意識的に踏まえ、それをローマの建国神話として書き直した。ギリシャに対する模倣であると同時に、対抗でもある。この作品は以後のヨーロッパ文学の中心的な古典になった。ダンテ・アリギエーリは神曲で、ウェルギリウスを地獄と煉獄の案内人にしている。千三百年後の詩人が、自分の導き手として選んだことになる。
ホラティウスは抒情詩とを書き、詩論で詩の作法を論じた。この書はアリストテレスの詩学と並んで、ヨーロッパの詩論の二大源泉になる。
オウィディウスの変身物語は、変身をめぐる神話を集成した長篇詩である。ギリシャ・ローマ神話の知識の主要な供給源として、中世からルネサンス、近代に至るまでヨーロッパの芸術家が参照し続けた。絵画の主題の多くはこの書に由来する。リウィウスはローマ建国史で建国以来の歴史を書いた。
| 作品 | 成立 | 作者 | 種類 |
|---|---|---|---|
| 農耕詩 | 前29年 | ウェルギリウス | 教訓詩 |
| アエネイス | 前29〜前19年 | ウェルギリウス | 叙事詩 |
| 詩論 | 前19年頃 | ホラティウス | 詩論 |
| 『詩集』 | 前1世紀後半 | プロペルティウス | 恋愛哀歌 |
| ローマ建国史 | 前27〜後9年 | リウィウス | 歴史叙述 |
| 変身物語 | 8年頃 | オウィディウス | 神話の集成 |
銀の時代(14〜200年/帝政期)— 皇帝の下で書く
1世紀以降、文体は技巧的になり、主題は暗くなる。皇帝の意向が書き手の生死に直結する時代である。
セネカはの哲学者であり、悲劇作家であり、ネロの教師でもあった。最後は皇帝から自死を命じられている。その悲劇はギリシャ悲劇より残酷で修辞的であり、ルネサンス期のヨーロッパ演劇に強い影響を与えた。シェイクスピアの初期の悲劇にその痕跡がある。
タキトゥスは年代記などで帝政初期の歴史を書いた。権力の腐敗を簡潔で鋭い文体で描き、後世の歴史叙述の模範とされる。クインティリアヌスは『弁論家の教育』での教育課程を体系化した。
ペトロニウスのサテュリコンは、成り上がりの富豪の宴会などを描いた作品で、小説の先駆と見なされることがある。アプレイウスの黄金のろばはろばに変身した男の遍歴を描き、こちらも同様に扱われる。ユウェナリスは諷刺詩でローマ社会を攻撃し、マルティアリスは短いを完成させた。マルクス・アウレリウスの自省録は皇帝自身の内省の記録で、ラテン語ではなくギリシャ語で書かれている。
| 作品 | 成立 | 作者 | 種類 |
|---|---|---|---|
| 悲劇『メデア』ほか | 1世紀半ば | セネカ | 悲劇 |
| サテュリコン | 1世紀 | ペトロニウス | 小説の先駆 |
| 『内乱』 | 65年頃 | ルカヌス | 叙事詩 |
| 『エピグランマタ』 | 86〜103年 | マルティアリス | 警句詩 |
| 『弁論家の教育』 | 95年頃 | クインティリアヌス | 修辞学 |
| 『諷刺詩』 | 100〜130年頃 | ユウェナリス | 諷刺詩 |
| 年代記 | 115年頃 | タキトゥス | 歴史叙述 |
| 自省録 | 170年代 | マルクス・アウレリウス | 内省の記録(ギリシャ語) |
| 黄金のろば | 2世紀 | アプレイウス | 小説 |
後期古代(200〜600年/キリスト教の公認以後)— キリスト教とラテン語
4世紀にキリスト教が公認され、やがて国教になる。ラテン文学の性格が根本から変わり、信仰の内容を書き記すが中心的な書き手になった。
ヒエロニムスは聖書をラテン語に翻訳した。ウルガタ訳と呼ばれ、以後千年以上、西ヨーロッパの標準的な聖書になる。翻訳という営みがこれほど長く一つの文明の土台であり続けた例は少ない。
アウグスティヌスの告白は、自分の罪と回心を神に語りかける形式で書かれた。自伝という形式のヨーロッパにおける出発点とされる。ルソーの告白(1782年)は、同じ題名を意識的に選んでいる。
ボエティウスは処刑を待つ獄中で哲学の慰めを書いた。古代の哲学とキリスト教を橋渡しした書物として、中世を通じて最も広く読まれた作品の一つになる。
中世ラテン文学(600〜1400年)— 国境を越えた書き言葉
西ローマ帝国は滅んだが、ラテン語は死ななかった。修道院で写本が作られ、大学で講義が行われ、教会の典礼が唱えられ、外交文書が交わされた。フランス人もイギリス人もドイツ人も、真面目な内容はラテン語で書いている。
アベラールは論理学と神学で名を成し、弟子エロイーズとの関係で去勢される事件を自伝的な書簡に残した。トマス・アクィナスは『神学大全』でアリストテレスの哲学とキリスト教神学を統合し、を完成させる。同時に、大学から大学へ渡り歩く学生たちの、世俗的で猥雑なラテン語詩も生まれた。
この状況を終わらせたのが、各国の俗語文学の勃興である。ダンテ・アリギエーリが神曲をラテン語ではなくイタリア語で書いたこと(1321年)、デュ・ベレーがフランス語の擁護を宣言したこと(1549年)は、ラテン語の支配からの独立宣言だった。とはいえ完全に終わったわけではない。モアのユートピアは1516年にラテン語で書かれ、ニュートンの主著も1687年にラテン語である。科学と学問の言語としては、18世紀まで生き続けた。