物の本質について
- 原題
- De rerum natura
- 作者
- ルクレティウス
- 成立
- 前1世紀
- 国
- ローマ
- 時代
- 共和政期
概要
前1世紀に書かれた哲学詩である。全6巻、約7400行。韻律は叙事詩と同じダクテュロス六歩格を用いる。
内容は、ギリシアの哲学者エピクロスの自然学をラテン語で説明したものにあたる。世界は原子と空虚だけで成り立っており、神々は世界の運行に関与しない。魂も原子でできているので、死とともに散る。 したがって死後に苦しむことはなく、死を恐れる理由はない。
目的は明確に述べられる。人間の不幸の大半は、神々への恐れと死後への恐れから来る。それらが根拠のないことを自然の仕組みによって示せば、人は心の平静を得られる。この詩は、恐怖を取り除くために書かれている。
理屈の説明が中心だが、詩としての力も高く評価される。冒頭のウェヌス(愛の女神)への呼びかけ、疫病の描写、比喩の使い方。抽象的な議論の合間に、蜜を杯の縁に塗って苦い薬を飲ませるようなものだ、と自ら方法を説明する箇所がある。
ルクレティウスの生涯はほとんど分かっていない。前99年頃から前55年頃の人とされる。作品は未完成とみられ、重複や配置の乱れが残る。
伝記として伝わるのは、4世紀の聖ヒエロニムスの記述だけである。媚薬を飲んで狂気に陥り、正気の間にこの詩を書き、44歳で自殺したという内容で、キケロが校訂したとも記す。この記述は現在ほぼ信じられていない。エピクロス派を貶めるための後代の作り話とみるのが通説である。
エピクロス(前341-前270)はアテナイに学園を開いた哲学者で、原子論を説き、快楽を善としたが、その快楽とは苦痛のない状態を指した。著作の大半は失われており、この詩はエピクロスの自然学を伝える最も体系的な資料になっている。
刊行後の受容は限られていた。エピクロス派は、神々を軽んじ死後を否定するため、ローマでも後のキリスト教世界でも警戒された。写本は途絶えかけ、1417年、人文主義者ポッジョ・ブラッチョリーニがドイツの修道院で写本を発見して復活する。この発見がルネサンスと近代思想に与えた影響は、後世繰り返し論じられてきた。
文学史における評価と影響
ラテン詩の中で特異な位置にある。恋愛でも英雄でもなく、物理学と哲学を主題にした長篇詩であり、それを叙事詩の韻律で書いた。抽象概念を表すラテン語の語彙が不足していることを自ら嘆きながら、新しい語を作って論を進めている。ラテン語を哲学の言語にする作業が、この詩の中で行われている。
ウェルギリウスへの影響が直接的である。農耕詩には、この詩を意識した句が随所にあり、事物の原因を知った者は幸いだという一節はルクレティウスを指すとみられる。オウィディウスも高く評価している。
近代思想への影響が、この詩の最大の意味とされる。1417年の再発見以後、原子論、世界の永遠性、宗教の起源についての自然主義的な説明が、ヨーロッパの知識人の手に入った。モンテーニュはエセーでこの詩を大量に引用している。ガッサンディが原子論を復活させ、後の科学革命に接続した。宗教を人間の恐怖から説明する枠組みも、後の宗教批判の原型になった。
同時に、この詩を無神論の書とすることには留保がある。神々の存在は否定されておらず、世界の運行に関与しないとされているだけである。
日本では複数の訳が読める。散文訳と韻文の調子を残す訳がある。第3巻の死をめぐる議論が、最もよく読まれる部分にあたる。
内容
第1巻は原理を扱う。無から何かが生じることはなく、何かが無に帰することもない。物質は分割の限度を持つ微小な粒子——原子——からなり、その間に空虚がある。空虚がなければ運動は起こらない。
第2巻は原子の運動を論じる。原子は落下しながら、わずかに軌道を逸れることがある。この逸れをクリナメン(傾斜)と呼ぶ。この偏りがなければ原子は平行に落ち続け、衝突も結合も起きず、何も生まれない。 同時にこの偶然が、決定論を破り、意志の自由の余地を作るとされる。
第3巻は魂を扱う。魂も原子でできており、身体と分かちがたく結びついている。身体が壊れれば魂も散る。したがって死んだあとに感覚はなく、罰も報いもない。死はわれわれにとって何ものでもない——われわれが存在する間は死はなく、死があるときにはわれわれがいないからである。地獄の刑罰として語られてきたものは、現世の心の状態の比喩にすぎないと説明される。
第4巻は感覚と思考の仕組みを論じる。物体の表面から薄い膜が絶えず剥がれて飛び、それが目に入って像を作る、と説明される。後半では性愛が扱われ、恋の情熱に囚われることの害が、容赦のない筆致で述べられる。
第5巻は世界と文明の成立を扱う。世界は神が作ったのではなく、原子の運動から生じ、いずれ滅びる。生物は自然に生まれ、環境に適さないものは滅んだ。人類は当初、獣に近い暮らしをしており、火、言語、社会、金属、法へと段階を経て進んだ。神々への信仰は、自然現象への恐れと夢の中の像から生じたと説明される。
第6巻は雷、地震、疫病といった現象を扱う。神の意志ではなく自然の原因によることが示される。末尾は、前430年のアテナイの疫病の描写で終わる。トゥキュディデスの記述を下敷きにしており、死者が積み上がり、埋葬の秩序が崩れる情景で詩は途切れる。