プラウトゥス
- 原綴
- Titus Maccius Plautus
- 生没
- 前254頃–前184
- 出身
- サルシナ(北イタリア・現エミリア=ロマーニャ州)
- 国
- ローマ
- 時代
- 共和政期
生涯
前254年頃、北イタリアのサルシナに生まれたと伝えられる。生涯について確かなことはほとんど分かっていない。
伝えられる話では、若い頃に演劇に関わる仕事で金を貯めたが、商売に手を出して失敗し、すべて失った。その後は粉挽きの仕事で食いつなぎながら喜劇を書いた、という。事実かどうかは確かめようがないが、庶民の暮らしと笑いを知り尽くしていたことは作品から分かる。
当時のローマは、地中海の東側を支配下に収めていく途中で、ギリシャの文化を大量に取り込んでいた。演劇もその一つである。プラウトゥスはギリシャの喜劇を素材にして、ローマの観客のための劇を書いた。
その喜劇は大衆に受けた。名前が喜劇の代名詞になり、後の時代には、売れるという理由でプラウトゥスの名を騙った偽作が大量に作られている。前184年頃に死去した。
作風
素材にしたのはギリシャの「新喜劇」である。神々や政治を扱った古い喜劇に対して、市民の家庭の出来事を扱う喜劇をこう呼ぶ。メナンドロスという作家が代表格にあたる。プラウトゥスはそれを翻訳したのではなく、ローマの観客に合わせて大幅に作り替えた。もとの洗練された風俗劇を、もっと騒がしく、猥雑で、笑いの多いものにしている。
登場人物は決まった型でできている。ずる賢い奴隷、けちな老人、ほら吹きの兵士、恋に夢中の若者、抜け目のない女衒。観客は幕が上がって数分で誰がどの役かを把握できる。とくに主人を出し抜く奴隷が花形で、この人物が知恵を働かせて筋を動かす。
筋は勘違いとたくらみで進む。生き別れた双子、変装、取り違えた手紙。状況がこんがらがるだけこんがらがり、最後にすべてが解ける。話の運びの巧みさが、この作家の腕の見せどころだった。
言葉の笑いも多い。だじゃれ、言葉遊び、大げさな悪態。当時の話し言葉のラテン語がそのまま使われている。歌の場面も多く、登場人物が歌い出す箇所が随所にある。読み物というより、音楽の入った見世物に近い。
教訓はほとんどない。観客を笑わせて帰らせることが目的で、道徳を説く気配がない。同じローマの喜劇でも、後のテレンティウスが人物の心理を丁寧に描いたのとは、方向が正反対である。
作品
21篇の喜劇が現存する。古代の劇作家で、これだけまとまって残っている例は珍しい。
『メナエクムス兄弟(Menaechmi)』
生き別れた双子が同じ町にいることから起きる取り違えの騒動を描く。シェイクスピアの『間違いの喜劇』はこれを下敷きにしている。
『アンピトルオ(Amphitruo)』では、神ユピテルが将軍アンピトルオに化けてその妻のもとを訪れる。神話を喜劇にした珍しい作品で、後にモリエールをはじめ多くの作家が翻案した。
『黄金の壺(Aulularia)』
床下から金貨の壺を掘り当てた老人が、それを取られまいとして疑心暗鬼になる話である。モリエールの守銭奴の原型とされる。
『ほら吹き兵士(Miles Gloriosus)』
自慢話ばかりする軍人が周囲にかつがれる喜劇である。この題名がそのまま、うぬぼれた軍人という役柄の呼び名になった。
日本語では主要な作品の訳がある。
文学史における立ち位置と影響
テレンティウスと並ぶローマ喜劇の代表である。この二人の作品が、古代の風俗喜劇のうち今日まとまって読めるほぼすべてにあたる。下敷きにされたギリシャの新喜劇は断片しか残らなかったため、後世はこの二人を通してしか古代の喜劇を知ることができなかった。
笑いの型が、そのまま近代ヨーロッパの喜劇に受け継がれた。型どおりの人物、取り違えの筋、主人を出し抜く召使い。ルネサンス以降の喜劇作家は、この道具立てをプラウトゥスから受け取っている。シェイクスピアは『間違いの喜劇』で直接下敷きにし、モリエールは守銭奴『アンフィトリュオン』で素材ごと引き継いだ。
「ずる賢い召使い」の型はとくに長く生き延びた。主人より頭が回り、筋を動かすのはこの人物である。モリエールのスカパン、18世紀フランスの『フィガロの結婚』のフィガロと、名前を変えながら喜劇の中心に居続けた。
20世紀にも作り直されている。複数の作品を組み合わせたミュージカル『ローマで起こったおかしな出来事』(1962年)は、この作家の筋立てをそのまま現代の舞台に載せたものにあたる。
日本での受容は、ローマ喜劇への関心のなかで進んだ。西洋の喜劇の源流として位置づけられている。