年代記

原題
Annales
作者
タキトゥス
成立
115年頃
ローマ
時代
銀の時代

概要

115年前後に書かれた歴史書である。14年のアウグストゥスの死から、68年のネロの死までを扱う。全16巻(18巻とする説もある)。

現存は完全ではない。第7巻から第10巻、および第5巻・第11巻・第16巻の一部が失われている。カリグラの治世の記述は、ほぼ全部が失われた分に含まれる。

年代記という形式は、出来事を年ごとに区切って記す古い様式にあたる。タキトゥスはこれを用いながら、皇帝の性格の変化と、元老院の従属化を主線として追う。

方針は序文で示される。恩義も怨恨も交えず記す、という趣旨の一句が置かれる。ただし実際の記述は、皇帝と宮廷への冷徹な批判に貫かれており、この宣言をそのまま受け取ることはできない。

文体は簡潔で圧縮されている。接続を省き、対句を用い、動詞を切り詰める。同じ長さでキケロの三倍の内容が入ると言われるほど密度が高く、ラテン散文の中でも際立った個性を持つ。

タキトゥスは56年頃の生まれ。元老院議員として経歴を積み、97年に執政官、その後アジア属州総督を務めた。批判した体制の内部で出世した人物である。

執筆はトラヤヌス帝の治世に行われた。ドミティアヌス帝の圧政期を経験しており、その時期に沈黙を強いられたことを他の著作で述べている。

先に書かれた『同時代史(Historiae)』は、69年から96年までを扱う。この『年代記』はそれより前の時代を後から書いたもので、時系列とは逆の順に執筆された。ほかに、ゲルマン人の社会を記した『ゲルマニア(Germania)』、義父の伝記『アグリコラ(Agricola)』がある。

史料としては、元老院の議事録、先行する歴史家の著作、回想録を用いた。当時の記録に当たっているため、事実関係の精度は高いと評価されている。一方で、動機の推測には強い偏りがある。 ティベリウスの行動は、ほぼすべて偽善か猜疑心に帰される。

文学史における評価と影響

ローマの歴史記述の到達点として扱われる。リウィウスが共和政の徳を語ったのに対し、タキトゥスは帝政の腐敗を描く。自由が失われた時代に、歴史を書くとはどういうことかという問題が、この著作の底にある。

権力の心理を扱った点が、後世に最も評価されてきた。皇帝が何を恐れ、廷臣がどう振る舞い、追従がどのように制度化されるか。密告と裁判が政治の道具になる過程は、20世紀の全体主義をめぐる議論でも参照されてきた。

文体の影響も大きい。切り詰めた構文と、簡潔な断定は「タキトゥス的」と呼ばれ、独自の様式として認識される。ルネサンス以降、ラテン語で書く文人がこの文体を模倣し、キケロ風の均整のとれた文章と対比された。

政治思想では、17世紀以降、専制批判の書として読まれた。タキティズムという呼び方があり、宮廷政治の技術を学ぶ書としても、専制への抵抗の根拠としても用いられた。同じ書物が両方の目的に使われている。

『ゲルマニア』の受容は、より問題を含む。ゲルマン人を素朴で勇敢な民として描いたこの短い著作は、近代ドイツで民族の起源を語る資料として持ち出され、ナチス期には政治的に利用された。タキトゥスの意図は、ローマの退廃を対比によって批判することにあったとみられ、民族の記述そのものは伝聞にもとづく。

日本では複数の訳が読める。文体が凝縮しているため、注釈のある版が読みやすい。

内容

第1巻から第6巻はティベリウスの治世を扱う。アウグストゥスの死と、後継者ティベリウスの即位から始まる。ティベリウスは権力を辞退するそぶりを繰り返し、元老院はそのたびに懇願する。この儀礼のやりとりを、タキトゥスは偽善として描く。

治世が進むにつれ、不敬罪による告発が増える。密告者が現れ、言葉尻を捉えた裁判が横行する。近衛長官セイヤヌスが実権を握り、皇族を次々に排除したのち、自らも失脚して処刑される。ティベリウスはカプリ島に隠棲し、そこから恐怖による統治を続ける。

第11巻から第12巻はクラウディウスの治世。妻メッサリナの不品行と処刑、次の妻アグリッピナによる操作が記される。アグリッピナは前夫との子ネロを養子に入れさせ、クラウディウスを毒殺してネロを即位させる。

第13巻から第16巻はネロの治世を扱う。当初は哲学者セネカと近衛長官ブッルスの補佐で安定するが、次第に母アグリッピナと対立する。ネロは母を船ごと沈める計画を立て、失敗すると刺客を送って殺させる。妻オクタウィアも離縁のうえ殺される。

64年のローマ大火の記述が置かれる。市街の大半が焼け、皇帝が放火したという噂が立つ。ネロは疑いをそらすため、キリスト教徒を犯人として処刑した。この箇所は、キリスト教徒への言及としてローマ側の史料に残る最も早いものの一つにあたる。

ピソの陰謀が発覚し、関係者が次々に自死を命じられる。セネカは静脈を切り、死に切れずに毒を仰ぎ、最後は蒸し風呂で窒息して死ぬ。詩人ルカヌスも自死する。宮廷で「趣味の判定者」と呼ばれたペトロニウスの最期も記される。手首を切っては包帯を巻き直し、宴と会話を続けながら死んでいったという。

現存部分は66年の記述で途切れる。

作者

登場する文学史