アプレイウス

原綴
Lucius Apuleius
生没
124頃–170以降
出身
マダウロス(ヌミディア・現アルジェリア北東部)
ローマ
時代
銀の時代

生涯

124年頃、北アフリカのマダウロス(現在のアルジェリア)の裕福な家に生まれた。カルタゴ、アテネ、ローマで学んでいる。哲学とを修め、当時さかんだった密儀宗教にも強い関心を持った。密儀とは、入信を許された者だけが儀式に参加できる宗教で、エジプト由来の女神イシスの信仰などがローマ帝国全域に広がっていた。

各地を回る弁論家として活動した。人前で講演をして報酬を得る職業で、ギリシャ風の教養を披露することが尊ばれた時代にあたる。博識と弁舌で名を上げている。

有名な逸話が残る。旅の途中で病になり、ある裕福な未亡人の家に世話になった。やがてその女性と結婚したところ、遺産目当てだとして亡夫の親族から訴えられる。しかも訴えの内容は、魔術を使って未亡人を惑わせたというものだった。アプレイウスは法廷で自ら弁護し、無罪になっている。そのときの弁論が『弁明』として残っており、当時ローマの属州で魔術がどう扱われていたかを知る資料にもなっている。

晩年はカルタゴで名士として遇された。銅像が建てられたとも伝えられる。170年以降に死去したと考えられているが、詳しいことは分からない。

作風

『黄金の驢馬』の主人公はルキウスという青年である。魔術に強い好奇心を持ち、魔女の使う軟膏を体に塗れば鳥に変身できると聞いて試す。ところが塗る軟膏を取り違え、ろばになってしまう。姿はろば、頭の中は人間のまま、という状態で放り出される。

元に戻るには薔薇の花を食べればよい。それだけのことなのだが、ろばの身では手が届かない。ルキウスは次々に持ち主を変えられながら各地を運ばれていく。盗賊団に奪われ、農民に酷使され、神官の一行に買われ、粉挽き小屋で回され続ける。

ろばの目から見た人間社会が、その道中で描かれる。人間はろばの前では取り繕わないので、欲も残酷さも愚かさもそのまま見える。話は猥雑で滑稽で、ときに直視しにくいほど残酷になる。読み物としての面白さを狙って書かれている。

そこに多くの挿話が挟まる。とりわけ有名なのが「クピドとプシュケ」である。美しい娘プシュケが、姿を見てはならないという条件で愛の神クピドと結ばれるが、灯りをかざして顔を見てしまい、相手を失う。そこから数々の難題を課され、それを果たして再び結ばれるまでを描く。長さも独立性もあり、後世は本篇と切り離してこの部分だけを読んできた。

結末は意外な方向へ向かう。放浪の果てにルキウスは女神イシスに祈り、女神の指示で薔薇を食べて人間に戻る。そして密儀に入信し、信仰に生きる者になる。猥雑な娯楽小説として進んできた話が、最後の一巻で救済の物語に転じる。この落差をどう解釈するかは今も議論が分かれている。

文体は装飾が多い。古い語や自分で作った語を混ぜ、凝った言い回しを重ねる。同時代のラテン語のなかでも際立って癖が強く、読みにくい部類に入る。

作品

黄金の驢馬(Metamorphoses)

代表作である。全11巻。原題は「変身」を意味し、「黄金の驢馬」は後代に付いた呼び名にあたる。第4巻から第6巻に「クピドとプシュケ」が入る。

『弁明(Apologia)』

魔術の嫌疑に対する法廷での自己弁護の演説である。

『花咲ける言葉(Florida)』

各地で行った演説の抜粋を集めたものにあたる。

哲学の著作もいくつか残る。

日本語では『黄金の驢馬』が読める。

文学史における立ち位置と影響

ラテン語で書かれた長篇小説のうち、完全な形で残っている唯一の作品である。同じローマの小説でもペトロニウスサテュリコンは断片しか残らなかった。古代の小説がどういう長さと構造を持っていたかは、この一作からしか直接には分からない。

主人公が各地を移動しながら社会のさまざまな層を見ていく、という組み立ては、後のに通じる。ろばに変えられているため、どの階層にも入り込めて、しかも誰にも警戒されない。この設定が社会描写を可能にしている。

「クピドとプシュケ」は独立して大きな影響を与えた。魂を意味するプシュケが試練を経て愛と結ばれる、という筋立ては、寓意として繰り返し解釈された。ルネサンス以降は絵画と彫刻の主題になり、ラファエロやカノーヴァの作品が知られる。見てはならないという禁を破って相手を失い、試練の末に取り戻すという型は、「美女と野獣」をはじめとする後世の物語の原型とも見なされている。

魔術と変身という主題は、幻想的な物語の系譜にもつながる。ボッカッチョをはじめ、多くの作家がこの作品から着想を得た。

日本での受容は『黄金の驢馬』の翻訳を通じて進んだ。古代小説の代表として読まれている。

作品

登場する文学史