サテュリコン

原題
Satyricon
作者
ペトロニウス
成立
1世紀
ローマ
時代
銀の時代

概要

1世紀に書かれた小説である。全体の規模は不明で、残っているのは断片にすぎない。 第14巻から第16巻に相当するとみられる部分が伝わり、途中で始まり途中で終わる。

語り手は若い男エンコルピオス。学友のアスキュルトス、少年ギトンとともに南イタリアを放浪する。特定の目的はなく、宴に紛れ込み、盗み、騙し、恋の鞘当てをして各地を移動する。

形式はメニッポス風諷刺と呼ばれる型に属する。散文の地の文に韻文を挟み、真面目な議論と滑稽な場面を混ぜる。作中では登場人物が詩を朗誦し、文学論を戦わせ、その直後に喧嘩や情事の場面になる。

文体には強い特徴がある。教養ある人物は凝った修辞で語り、解放奴隷たちは崩れた口語で話す。当時の話し言葉のラテン語を伝える資料として、言語史の分野で用いられる。

残存部分の半ばを占めるのが、トリマルキオという成り上がりの解放奴隷が催す宴会の場面である。

作者は、ネロ帝の宮廷にいたガイウス・ペトロニウスとするのが通説である。確証はない。

タキトゥス年代記に、この人物の記述がある。昼に眠り夜に働き、怠惰によって名を上げた人物で、洗練の判定者として宮廷で重んじられた。後にネロの側近の讒言で失脚し、自死を命じられる。手首の血管を切っては包帯で止め、友人と語り、詩を聞きながら死んだ。遺言状で皇帝への追従を書く代わりに、皇帝の悪行を詳細に列挙して送りつけたと記される。

この記述の人物と作者を同一とみる根拠は、作品の性格が「洗練の判定者」という評に合うことにある。決定的な証拠はない。

作品の成立事情も分かっていない。何巻あったのか、全体の筋がどう構成されていたのかも不明である。残存部分は、中世の写本に別々に伝わった断片を集めたものにあたる。トリマルキオの饗宴の部分は、17世紀にダルマチアで発見された写本によって知られるようになった。

文学史における評価と影響

ヨーロッパにおける小説の起源をめぐる議論で、必ず参照される作品である。散文による長篇の虚構であり、主人公が特別な英雄ではなく、社会の各層を渡り歩く。悪漢小説(ピカレスク)の最も早い先例として扱われる。

トリマルキオの造形が、この作品の最大の遺産にあたる。金はあるが教養がなく、それを隠そうとして失敗し続ける成り上がり者。この人物像は、以後の文学で繰り返し現れる型になった。

言語史の資料としての価値も高い。解放奴隷たちの会話は、文法の崩れ、俗語の語彙、慣用句を含み、当時の話し言葉に最も近い記録とされる。ロマンス諸語の成立を研究する際の基礎資料の一つになっている。

近代の受容では、20世紀に入って評価が高まった。T・S・エリオット荒地の題辞にこの作品の一節を引いている。壺に吊るされたシビュラが「死にたい」と答える箇所である。1969年にはフェリーニが映画化し、断片的な構成をそのまま映像の形式として用いた。

猥雑な内容のため、長く抄録や削除を伴う形で流通してきた。完全な訳が一般に読めるようになったのは20世紀後半以降である。

日本でも訳が読める。断片のため筋を追いにくいが、饗宴の場面は独立して読める。

あらすじ

冒頭の断片で、エンコルピオスは弁論術の教師アガメムノンと、修辞教育の衰退について論じている。学校の弁論は現実から遊離した題材ばかりを扱い、実際の役に立たないという趣旨である。

エンコルピオスと連れは、宿と市場を転々とする。盗んだ品を売ろうとして騒動を起こし、豊穣の神プリアポスの秘儀を覗いた祟りで不能になる、といった出来事が断片的に語られる。少年ギトンをめぐって、エンコルピオスとアスキュルトスが繰り返し争う。

トリマルキオの饗宴。三人は、解放奴隷トリマルキオの屋敷での宴に招かれる。奴隷の身分から巨富を築いた人物で、その富の誇示が徹底して描かれる。

入口には番犬の絵が描かれ、本物と見紛って客が転ぶ。時を告げるラッパ手が雇われ、寿命の残りを主人に知らせる。料理は仕掛けだらけで、猪の腹から生きた鶫が飛び出し、豚が客の前で解体されると腸詰が転がり出る。星座を模した大皿が運ばれ、それぞれの星座に対応する食材が並ぶ。

トリマルキオは自らの経歴を語る。船が沈んで一度は破産したが、妻の宝石を売って再起し、今では自分の土地の端が見えないほどだと言う。文法も語源も間違えながら、教養があるふりをして神話を語る。

客の解放奴隷たちの会話が長く続く。パンの値段、葬式の費用、隣人の悪口、健康の話。教養のない者たちの雑談が、そのままの口調で記録される。

宴の終盤、トリマルキオは自分の墓の設計を語り、墓碑銘を読み上げさせ、経帷子を持ってこさせて横たわり、自分の葬儀の予行演習を始める。ラッパが鳴り、その音を近所の消防隊が火事の合図と勘違いして押し入り、宴は解散する。一行はその混乱に紛れて逃げ出す。

以後の断片では、詩人エウモルポスが加わる。詩を朗誦しては聴衆に石を投げられる男で、内乱を扱う長い詩や、トロイア陥落の詩を披露する。「エペソスの後家」という挿話もここで語られる。夫の墓で死のうとしていた貞淑な後家が、番兵の口説きに応じ、番人の落ち度を繕うために夫の遺体を十字架に架けさせる、という話である。

一行は船で移動し、難破し、クロトンの町に着く。この町では、遺産を狙う者が金持ちに取り入る風習があり、一行は資産家を装って歓待される。エンコルピオスが不能に悩み、治療を受ける場面が続く。

断片は途中で終わる。

作者

登場する文学史