ユウェナリス

原綴
Decimus Iunius Iuvenalis
生没
60頃–130頃
出身
アクィヌム(中部イタリア・現ラツィオ州アキーノ)
ローマ
時代
銀の時代

生涯

60年頃、中部イタリアのアクィヌムに生まれたと伝えられる。だが確実なことはほとんど分かっていない。作品からの推測と、後世の断片的な伝承があるだけである。

若い頃はを学び、その訓練を積んだらしい。官職には恵まれず、長く貧しく、有力者の庇護に頼って暮らしたと考えられている。この境遇と、社会の不正への憤りが、の源になった。

当時の権力者を諷刺したために辺境へ追放された、という伝承もある。ただしこの逸話の裏づけはない。

詩を書き始めたのは中年以降だったとされる。ドミティアヌス帝の恐怖政治の時代を生き延び、その死後、比較的自由になった時代に、それまでの鬱屈を諷刺詩にぶつけた。130年頃に死去した。

作風

ユウェナリスは、期ローマの腐敗と悪徳を、道徳的な怒りをもって弾劾する。「憤りが詩を作らせる(facit indignatio versum)」という一句が、その姿勢を端的に示す。金銭欲、権力へのへつらい、性道徳の乱れ、外国から流れ込む風習。堕落したローマの姿が容赦なく列挙される。

同じローマの諷刺詩でも、ホラティウスとは方向が正反対である。ホラティウスが穏やかな笑いによって人間の愚かさを描いたのに対し、ユウェナリスは笑わずに怒る。その筆致は鋭く、しばしば残酷なほど暗い。

第三の諷刺詩は、大都市ローマの住みにくさを扱う。家賃は高く、火事は絶えず、上階から汚物が降ってくる。狭い路地は人と荷車で溢れ、夜は追い剥ぎが出る。金持ちだけが安全に暮らし、貧しい者は誰にも顧みられずに死ぬ。都市生活のこの描写は、後世繰り返し模倣された。

一句一句の切れ味も特筆される。多くの句がそのままことわざとして残った。

「健全な精神は健全な身体に宿れかし(mens sana in corpore sano)」は、そのうち最も有名なものである。ただし本来の意味は今日しばしば誤解されている。身体を鍛えれば精神も健全になる、という意味ではない。神に祈り求めるべきは健全な身体と健全な精神だけで足りる、余分な富や権力を願うな、という文脈で述べられた句である。

「パンとサーカス(panem et circenses)」もユウェナリスの言葉である。かつて政治に関与していたローマの民衆が、いまや無料の配給(パン)と見世物(サーカス、剣闘士の試合や戦車競走)さえ与えられれば満足し、政治的な自由を手放してしまった、という批判にあたる。

作品

16篇の諷刺詩(Saturae)が現存する。五巻に編まれている。

第一の諷刺詩は、なぜ諷刺を書くのかを述べる。堕落したローマを前にして、憤らずにいることは難しい、という宣言である。

第三の諷刺詩は、ローマを去ろうとする友人の口を借りて、大都市の住みにくさを列挙する。

第六の諷刺詩は最も長く、当時の女性を痛烈に諷刺する。その内容は今日から見れば女性蔑視に満ちており、そのまま受け取ることはできない。同時に、当時の社会がどのような目で女性を見ていたかの記録でもある。

第十の諷刺詩は、人は何を祈り求めるべきかを論じる。「健全な精神は健全な身体に」の句はここにある。

日本語では諷刺詩の訳がある。註がなければ当時の固有名詞が追えないため、註の充実した版を選ぶ意味が大きい。

文学史における立ち位置と影響

ローマの諷刺詩は前2世紀のルキリウスに始まり、ホラティウスを経て、ユウェナリスにおいて最も激しい形に達した。

その怒りの諷刺は、後世の諷刺文学に一つの規範を与えた。今日「ユウェナリス的な諷刺」といえば、穏やかな笑いではなく、道徳的な憤りに貫かれた激しい諷刺を指す。ホラティウス的な諷刺と対をなすこの二つの型が、以後の諷刺の分類軸になっている。

英文学への影響がとくに大きい。18世紀のイギリスで、スウィフトサミュエル・ジョンソンがこの精神を受け継いだ。ジョンソンの詩『ロンドン』は第三の諷刺詩を、『人間の願望の空しさ』は第十の諷刺詩を、それぞれ同時代のロンドンに移し替えた翻案である。都市の腐敗を弾劾し、人間の欲望の空しさを説くという主題が、そのままユウェナリスから来ている。

引用として生き続けている点も特徴的である。「健全な精神は健全な身体に」「パンとサーカス」は、出典を意識されないまま今日も使われる。本来の文脈から切り離されて流通しているが、そのこと自体が、この詩人の言葉の強度を示している。

日本では「健全な精神は健全な身体に」の句を通じて名が知られている。諷刺詩の翻訳もある。

登場する文学史