ホメロス

巻き毛とひげをたたえた、盲目の姿で表されるホメロスの大理石の胸像。
ローマ時代の複製。実像は伝わらず、想像による姿
原綴
Ὅμηρος
生没
前8世紀頃–不明
出身
小アジア西岸(推定)
ギリシャ
時代
叙事詩の時代

生涯

前8世紀頃の詩人とされ、イリアスオデュッセイアの作者に帰されている。ただし、この人物について確実に言えることはほとんどない。実在したかどうか、一人だったのか複数だったのか、二作を同じ人が作ったのか——いずれも決着していない。盲目の吟遊詩人という伝承も、後世に作られたもので根拠はない。出身地は小アジア西岸のどこかとされるが、複数の都市が名乗りを上げてきた。

これらの問題をまとめて「ホメロス問題」と呼ぶ。

20世紀に有力になったのが「口承定型説」である。ミルマン・パリーとアルバート・ロードは、旧ユーゴスラヴィアで、文字を持たない吟遊詩人が長大な叙事詩を即興で歌う実例を調査した。彼らは全体を暗記しているのではなく、決まった言い回しの部品を組み合わせて歌っていた。

ホメロスの叙事詩にも同じ特徴がある。「足の速いアキレウス」「輝く眼のアテナ」「葡萄酒色の海」といった同じ形容句が繰り返し現れる。これらは韻律の型にはまる部品であり、即興で歌うための道具である。つまり「ホメロス」は、何世代もの吟遊詩人が積み重ねた伝統の名前かもしれない。この説は今日広く受け入れられているが、最終的に現在の形にまとめた個人がいたのかどうかは、なお議論が続いている。

作風

二つの叙事詩は、六歩格(ヘクサメトロス)という韻律で歌われる。上に述べた定型句は、その韻律の空きを埋める部品として働いた。文字に書き留めるための文体ではなく、声に出して歌うための文体である。

戦いの場面では、直喩が繰り返し使われる。獅子が牛の群れに襲いかかるように、山火事が森を焼き払うように——戦場の動きが、自然の情景に置き換えられて示される。この長い直喩は「ホメロス的直喩」と呼ばれ、後の叙事詩の型になった。

神々が人間の営みに直接介入する点も特徴である。アテナが戦士に力を与え、アポロンが矢を放ち、ゼウスが天秤で運命を量る。神々は嫉妬し、恋をし、互いに争う。人間と同じ感情を持つ存在として書かれている。

敵を一方的な悪として書かない点も、繰り返し指摘される。イリアスでトロイア側の武将ヘクトルは、妻と幼子に別れを告げてから戦いに出る。読者は敵の側の家族と生活を知ったうえで、その死を見ることになる。

作品

イリアス

トロイア戦争の十年目の五十日ほどの出来事を歌う。戦争全体ではなく、木馬も出てこない。中心にあるのはアキレウスの怒りである。総大将アガメムノンに戦利品の女を奪われたアキレウスは戦線を離脱し、ギリシャ軍は劣勢になる。親友パトロクロスがアキレウスの鎧を借りて出撃し、ヘクトルに殺される。アキレウスは復讐のために戻ってヘクトルを殺し、その遺体を戦車で引きずり回した。

最後の場面がこの作品の到達点である。ヘクトルの父プリアモス王が、単身で敵陣に入り、息子の遺体を返してくれと乞う。アキレウスは自分の父を思い、二人はともに泣く。敵と味方が同じ喪失のなかで並ぶ。戦争を歌いながら、戦争の外に出る視点がここにある。

オデュッセイア

トロイアからの帰還に十年を要したオデュッセウスの旅を歌う。性格はイリアスと大きく異なり、舞台は戦場ではなく海と島、主題は英雄の力ではなく知略と忍耐、目的は名誉ではなく帰ることである。

構成も技巧的である。冒頭は帰還の直前から始まり、主人公が過去の冒険を宴席で語るという形で時間を遡る。時間の順に語らない構成が、すでにここにある。帰り着いた家では、妻ペネロペイアに求婚者たちが群がっていた。オデュッセウスは乞食に変装して家に入り、正体を明かして彼らを皆殺しにする。

文学史における立ち位置と影響

古代ギリシャにおいて、この二作は教育の基礎だった。暗誦され、引用され、ホメロスは「ギリシャ人を教育した詩人」と呼ばれた。

プラトンは『国家』で、詩人を理想国から追放すべきだと論じている。神々が嘘をつき姦淫する姿を描くのは教育上有害だ、という理由である。批判の対象になるほど、その権威が大きかったということでもある。一方アリストテレスは『詩学』で、構成の巧みさを高く評価した。

ローマではウェルギリウスアエネイスで意識的にこれを継承している。前半をオデュッセイア的な放浪、後半をイリアス的な戦闘として構成した。

中世の西欧では原典が読めなくなり、ラテン語経由の断片的な知識になった。ダンテがホメロスを詩人の王と呼びながら直接には扱えないのは、ギリシャ語の伝統が途切れていたためである。ルネサンス期にビザンツから写本と学者が流入して、ようやく西欧で本格的に読まれるようになった。

「家に帰る」という主題は、以後の文学が繰り返し使うことになる。ジョイスユリシーズがダブリンの一日にこの構造を移したのは、その最も有名な例である。

作品

登場する文学史