ローマ建国史
- 原題
- Ab Urbe Condita
- 作者
- リウィウス
- 成立
- 前27-9
- 国
- ローマ
- 時代
- 黄金期
概要
前27年頃から死の年まで四十年にわたって書き継がれた歴史書である。全142巻。建国から著者の同時代までを扱う。
現存するのは35巻にすぎない。第1巻から第10巻(建国からサムニウム戦争)、第21巻から第45巻(第二次ポエニ戦争からマケドニア戦争)が残る。他は失われ、後代に作られた各巻の要約によって、おおよその内容が知られる。
方法はトゥキュディデスとは異なる。リウィウスは公職に就かず、軍務も外交も経験していない。史料の批判的な検討より、先行する年代記を材料に、読ませる叙述を組み立てることに力を注いだ。
序文で目的が述べられる。歴史を読む効用は、あらゆる種類の実例が一望のもとに置かれることにある。 そこから自分と国家が真似すべきものと、避けるべきものを選び取れる。国家がここまで堕落したのはなぜかを見よ、という趣旨で、道徳的な関心が前面に出る。
リウィウスは前59年頃、北イタリアのパタウィウム(現在のパドヴァ)に生まれた。ローマに出て著述に専念し、公職には就いていない。
執筆は前27年頃に始まり、後17年の死まで続いた。四十年以上を一つの著作に費やしたことになる。 途中で巻ごとに刊行され、生前から名声を得た。皇帝アウグストゥスと親交があり、後の皇帝クラウディウスに歴史の執筆を勧めたと伝えられる。
執筆の時期は、内戦が終わってアウグストゥスの体制が固まりつつある時期にあたる。序文が語る道徳的な衰退への嘆きは、この時代の風潮と重なる。アウグストゥス自身、古い風習の復興を政策として掲げていた。
ただし共和政への評価をめぐって、単純に体制に沿っているとは言えない面がある。アウグストゥスがリウィウスを「ポンペイウス派」と冗談めかして呼んだという逸話が伝えられる。ポンペイウスはカエサルと戦って敗れた共和派の将である。
史料としては、先行するローマの年代記作者と、ポエニ戦争を同時代人として記録したギリシアの歴史家ポリュビオスらを用いた。原史料に当たって検証する姿勢は乏しく、矛盾する記述をそのまま並べることもある。軍事と地理の記述には明らかな誤りがあり、実務経験の欠如が指摘されてきた。
文学史における評価と影響
ラテン散文の代表的な文体の一つを確立した。カエサルの簡潔な文体、キケロの均整のとれた長文に対し、リウィウスの文章は起伏に富み、場面ごとに調子を変える。演説、戦闘、群衆の動き。読ませることを目的とした歴史記述であり、その点で後の歴史叙述と歴史小説の両方に影響を与えた。
内容の面では、ローマの建国伝説と共和政期の逸話を、まとまった形で伝えた点が最も大きい。ロムルスとレムス、サビニの女たち、ルクレティア、ムキウス・スカエウォラ、ハンニバルのアルプス越え。ヨーロッパが「ローマ」として記憶してきた場面の多くは、この書に由来する。 ルネサンス以降の絵画と演劇の題材にもなった。
政治思想への影響では、マキァヴェッリが挙げられる。『ディスコルシ』はこの書の最初の十巻についての論考という形式をとり、共和政の制度と市民の徳を論じる。マキァヴェッリはリウィウスの記述から、内部の対立が国家を強くするという逆説的な結論を引き出した。
史実性については、近代の歴史学が厳しく評価してきた。建国から共和政初期の記述は、後代の伝承と創作が混じっており、そのまま史料としては使えない。一方で、失われた年代記に依拠した記述を含むため、代えのきかない資料でもある。伝説として読むか史料として読むかを、記述ごとに区別する必要がある。
日本では抄訳と部分訳が中心である。第二次ポエニ戦争を扱う巻から読まれることが多い。
内容
第1巻は建国伝説を扱う。トロイア陥落後、アエネアスの子孫からローマが始まる。ロムルスとレムスの誕生、狼に育てられたこと、兄弟の争いとレムスの死。サビニ人の女たちの略奪と、戦場に割って入った女たちによる和解。七人の王の治世が語られ、最後の王タルクィニウス・スペルブスの暴政と追放で終わる。
追放の直接の原因として、ルクレティアの物語が置かれる。貞淑な人妻が王子に犯され、夫と父に事実を告げて自害する。これを機に王政が倒れ、共和政が成立する。
第2巻以降は共和政期に入る。貴族と平民の身分闘争、外敵との戦争、独裁官の任命。ホラティウス・コクレスが一人で橋を守り、ムキウス・スカエウォラが敵陣で自らの右手を火に入れて焼く。共和政の徳を体現する人物の逸話が繰り返し置かれる。
第21巻から第30巻は第二次ポエニ戦争を扱い、この部分が最も評価が高い。ハンニバルが象を連れてアルプスを越え、トラシメヌス湖畔、カンナエでローマ軍を壊滅させる。カンナエの敗戦の記述は、包囲殲滅の過程を詳述する。ローマは持久戦に転じ、ファビウス・マクシムスが決戦を避ける戦術をとる。最終的にスキピオがアフリカへ渡り、ザマでハンニバルを破る。
以後の巻はマケドニア、シリアとの戦争を扱い、地中海世界の支配が確立する過程が記される。