自省録
- 原題
- Ta eis heauton
- 作者
- マルクス・アウレリウス
- 成立
- 170年代
- 国
- ローマ
- 時代
- 銀の時代
概要
170年代、マルクス・アウレリウスが皇帝としてドナウ川方面の遠征に従軍していた時期に書かれた手記である。全12巻。原題は「自分自身に向けて」という意味の題で、後世に付されたものである。
書かれているのは、ストア派の教えを自分に言い聞かせる短い文章の連なりである。ストア派は、自分の力の及ぶもの(判断と意志)と及ばないもの(他人の言動、地位、健康、寿命)を区別し、及ばないものに心を乱されるなと説く哲学の一派で、ローマでは実践の教えとして広く受け入れられていた。
この本は誰かに読ませるために書かれていない。論証も体系もなく、同じ主題が何度も繰り返される。死は自然の過程にすぎない、名声は残らない、他人の過ちは無知から来るのだから怒るな。繰り返されるのは、繰り返し言い聞かせなければ守れなかったからだと読める。
第1巻だけが性格を異にする。祖父、父、母、教師たち、養父アントニヌス・ピウスから、それぞれ何を学んだかを列挙した謝辞になっている。
執筆は170年代、マルコマンニ戦争と呼ばれるドナウ川方面での長い戦役の期間にあたる。巻の一部には、記された場所を示す書き込みがある。皇帝が戦場の陣営で、夜ごと書きつけていた文章という状況が、この本の性格を決めている。
公表の意図はなく、生前も死後しばらくも知られていない。写本を通じて伝わり、10世紀に言及が現れる。最初の刊本は1559年で、ギリシア語原典とラテン語訳が並んで出た。写本の伝来が細く、本文には不確かな箇所が残る。
書かれているのはギリシア語である。当時のローマの上流階層にとってギリシア語は教養の言語であり、哲学はギリシア語で論じられていた。
背景には、治世の困難がある。この時代のローマは、東方からもたらされた疫病が帝国全体に広がり、北方の部族が国境を侵し、東方でも戦争が続いていた。マルクス・アウレリウス自身は180年、遠征先で病死する。
哲学の系譜としては、奴隷出身のエピクテトスの教えを受け継いでいる。エピクテトスの講義録を弟子が筆記した『語録』を読んでいたことが、本文からも分かる。奴隷が語り、皇帝が書き写して自分に言い聞かせたという関係になる。
文学史における評価と影響
ストア派の著作としては、体系的な理論書ではなく、教えを日々の生活に当てはめる実践の記録という点に特徴がある。ローマのストア派にはセネカの書簡集とエピクテトスの語録があり、この三つが後世に伝わった主要な文献にあたる。三者のうち、この本だけが読者を想定していない。
自分に向けて書くという形式は、後の内省の文章と比較されてきた。アウグスティヌスの告白が神に語りかけるのに対し、こちらは自分に語りかける。モンテーニュのエセーは自分を観察するが、読者の存在を前提にする。宛先を持たない文章という点で、この本は孤立している。
受容は近代以降に広がった。とくに19世紀以降、宗教的な枠組みを持たずに生き方を支える書物として読まれるようになる。特定の信仰を要求せず、地位も職業も問わない内容であることが、その理由にあたる。
現在も読者が多い。断章形式でどこから読んでも成立すること、繰り返しが多いこと、そして書き手が最高権力者でありながら弱さを隠していないことが、読まれ続ける条件になっている。ただし、この本が扱うのは個人の心の持ち方であり、社会の制度をどうするかという問題は視野に入っていない。皇帝の在任中にキリスト教徒への迫害が行われていることとの関係も、しばしば指摘される。
日本では複数の訳が読める。断章に通し番号が振られており、任意の箇所から読める。
内容
第1巻は、恩義のある人々への感謝を並べる。祖父からは温和と忍耐、母からは信心と質素、教師からは競技の党派に肩入れしないこと。養父にして先帝アントニヌス・ピウスについての記述が最も長く、決定を急がず、称賛を求めず、権力に酔わなかった人物として描かれる。理想の統治者の像を、実在の人物の具体的な振る舞いで書き留めている。
第2巻以降が本体である。断章は数行から数十行で、順序に構成はない。繰り返し現れる主題を挙げると、次のようになる。
朝、起きたくないときに自分に言う言葉として、人間の仕事をするために目覚めるのだと述べる箇所がある。今日出会う人は不作法で、恩知らずで、傲慢かもしれない。だがそれは善悪を知らないためであり、その人と自分は同じ理性を分け合っているのだから、腹を立てる理由はない、と続く。
死については、しばしば取り上げられる。生きる時間は誰にとっても現在の一瞬だけであり、失うのはその一瞬にすぎない。長生きした者も早世した者も、失うものは等しい。過去の帝王も英雄も今はどこにもおらず、その名を語る者もやがて消える。
宇宙と全体についての見方も繰り返される。すべては変化し、絡み合っており、自分に起きることは全体の秩序の一部である。起きた出来事に不平を言うのは、自然の一部でありながら自然に逆らうことになる。
自分の職務についての記述もある。皇帝という地位に染まるな、宮廷風にならないよう気をつけよ、と自らに命じる。哲学者になれなかったことを悔やむ箇所もある。
第12巻の末尾は、退場についての言葉で閉じられる。舞台から去ることを命じられても嘆く理由はない、幕を下ろすのは呼び入れた者なのだから、という趣旨である。