アリストテレス

ひげをたくわえたアリストテレスの大理石の胸像。
ローマ時代の複製
原綴
Ἀριστοτέλης
生没
前384–前322
出身
マケドニア・スタゲイラ
ギリシャ
時代
古典期

生涯

前384年、マケドニアのスタゲイラに、宮廷医の子として生まれた。17歳でアテナイへ出て、プラトンが開いた学園アカデメイアに入り、20年間在籍している。

プラトンの死後アテナイを離れ、小アジアやレスボス島で研究を続けた。この時期に海生生物の観察を重ねており、生物学の著作の基礎になっている。

前343年頃、マケドニア王フィリッポス二世に招かれ、王子アレクサンドロス——後のアレクサンドロス大王——の家庭教師を務めた。

前335年にアテナイへ戻り、リュケイオンという学園を開く。歩きながら講義したという伝承から「逍遙学派」と呼ばれる。アレクサンドロスの死後、反マケドニアの空気が強まると、アテナイを去った。前322年、62歳で死去している。

今日残っている著作の多くは、講義用の覚書とされる。一般向けに書いた対話篇は失われた。そのため文章は簡潔で、時に読みにくい。

作風

アリストテレスは、文学を分析の対象にした。師のプラトンは詩を追放すべきだと論じている。真理から遠く、感情を煽るからである。アリストテレスは、詩を擁護しつつ、それを解剖した。

『詩学』は、悲劇がどういう部品でできていて、何がよくできた悲劇なのかを分析する。好き嫌いではなく、構造の記述である。これが文学批評という営みの出発点になった。

出発点はプラトンと同じ、芸術は現実の模倣(ミメーシス)だという前提である。だが評価が逆になる。プラトンは模倣を真理からの隔たりと見た。アリストテレスは、模倣が認識の手段だと考える。人間は模倣を通じて学び、模倣されたものを見て「なるほどこれはあれだ」と理解する快さがある。実物では不快なもの——死体や醜い生き物——でも、その描写は快をもたらす。

最も有名で、最も議論の多い概念が「カタルシス」である。悲劇は憐れみと恐れを引き起こし、それらの感情のカタルシスをもたらす、と述べられる。だがカタルシスが何を意味するかは定義されていない。感情を洗い流す「浄化」、溜まったものを出す医学的な「排出」、感情を正しい対象へ向けられるようになる「明確化」。二千年にわたって解釈が争われてきた。確かなのは、これがプラトンへの反論だという点である。悲劇は感情を煽って人を弱くするのではなく、感情を適切に処理する働きをする。

構成の理論も具体的である。筋(プロット)が最も重要であり、人物の性格より出来事の組み立てが上位に置かれる。よい悲劇の条件として、完結していること、出来事に必然性か蓋然性があること、事態が反転する「逆転(ペリペテイア)」と真相が分かる「認知(アナグノリシス)」が同時に起きることが挙げられる。主人公は極端に善でも悪でもない。完全な善人が滅びれば不快なだけで、悪人が滅びても憐れみは生じないからである。主人公は悪徳ではなく判断の誤り——「過ち(ハマルティア)」——によって破滅する。

最上の例として挙げられたのがソポクレスオイディプス王である。

「詩は歴史より哲学的で、より重要である」という一節も知られる。歴史は起きたことを語り、詩は起こりうることを語る。個別の事実ではなく普遍的なあり方を扱うから、というのが理由である。

作品

『詩学』

悲劇の理論で、文学批評の出発点にあたる。喜劇を扱った第二巻は失われている。

『弁論術(レトリケー)』

を論じたもので、キケロらローマの弁論術に影響した。

『ニコマコス倫理学』『政治学』『形而上学』『自然学』は、それぞれの分野の基礎文献である。論理学、生物学を含め、扱った分野の広さから「万学の祖」と呼ばれる。

文学史における立ち位置と影響

中世西欧では、アリストテレスは固有名詞で呼ばれず、単に「哲学者(the Philosopher)」と呼ばれた。それで通じている。トマス・アクィナスがその哲学とキリスト教神学の統合を試みた。

ただし『詩学』は、中世西欧に伝わっていない。アラビア語訳を経た断片的な知識しかなかった。中世におけるアリストテレスの権威は、論理学と自然学によるものである。15〜16世紀にギリシャ語原典が西欧に入り、そこから文学理論の規範として絶大な影響力を持つようになる。

ここで注意が要るのが「三一致の法則」である。フランス古典主義は、時・場所・筋の三一致を悲劇の絶対的な規則とし、アリストテレスの権威によって正当化した。だが『詩学』にそう書かれてはいない。筋の統一は確かに論じられている。時間については「太陽の一巡り」という言及があるが、規則としてではなく傾向の観察である。場所の一致は書かれていない。ルネサンス期のイタリアの注釈者たちが体系化し、それがフランスへ渡って規則になった。

シェイクスピアがこの規則を守らないことは、長く野蛮の証拠とされた。この評価が覆るのは18世紀、レッシングらの再検討によってである。

今日でも、脚本術の教科書はアリストテレスの用語を使っている。三幕構成、主人公の欠陥、クライマックスでの逆転。現代の脚本理論まで、この系譜が届いている。

作品

登場する文学史