ウェルギリウス

- 原綴
- Publius Vergilius Maro
- 生没
- 前70–前19
- 出身
- 北イタリア・マントヴァ近郊アンデス村
- 国
- ローマ
- 時代
- 黄金期
生涯
前70年、北イタリアのマントヴァ近郊に生まれた。農家の出で、都市の貴族ではない。ローマとナポリで修辞学と哲学を学んだ。
内乱の時代にあたる。前41年、退役兵に土地を分配する政策で、故郷の農地が没収されたとされる。この経験が初期の『牧歌』の背景にあると読まれてきた。
やがてマエケナスの後援を受けるようになる。マエケナスはアウグストゥスの側近で、文芸の庇護者の代名詞になった人物である。ウェルギリウスは以後、アウグストゥスの周辺で活動した。
アエネイスの執筆に十一年をかけたが、完成しなかった。前19年、ギリシャへ旅した帰路に病を得て、ブルンディシウムで死去する。50歳だった。
死に際して、未完のアエネイスを焼くよう遺言している。アウグストゥスがこれを許さず、刊行させた。今日読まれているのは、著者が破棄を望んだ原稿である。韻律が途中で切れている行がいくつも残っており、未完であることが本文から確かめられる。
作風
ウェルギリウスの仕事は、ローマにギリシャに匹敵する叙事詩を与えることだった。当時のローマ人はギリシャ文化に圧倒されていた。哲学も彫刻も演劇も、優れたものはギリシャから来る。そしてホメロスの叙事詩に並ぶものが、ローマにはなかった。
アエネイスの筋立ては、その欠落を埋めるように設計されている。トロイアが滅びたとき、生き延びた武将アエネアスが民を率いて放浪し、イタリアに至ってローマの祖となる。ローマの起源をギリシャ文学のなかの英雄に接続し、前半をオデュッセイア的な放浪、後半をイリアス的な戦闘として構成した。さらに、当時の権力者アウグストゥスの家系をアエネアスに繋げている。
だがこの作品は、国策文学に収まらない。中心にある感情は勝利ではなく喪失である。主人公は「敬虔なる(pius)」と繰り返し形容され、神々の意志と民の運命に従う。そして自分の望みを一つずつ捨てていく。燃えるトロイアからの脱出で妻を失い、カルタゴの女王ディドとの恋も、神々の命令で断ち切られる。ディドは自ら命を絶ち、燃える薪の上から彼の船を呪った。後に冥界で再会したとき、ディドは一言も口をきかずに背を向けて去る。
「事物の涙(sunt lacrimae rerum)」という句も知られる。滅びたトロイアを描いた絵を見たアエネアスが漏らす言葉で、訳しにくい句として繰り返し論じられてきた。義務を果たす者が幸福にならないという感覚が、この作品を宣伝の枠から出している。
作品
『牧歌(エクロガエ)』(前37年頃)
羊飼いたちの対話による詩集である。田園を理想化した「アルカディア」の伝統は、ここから広がった。なかでも第四歌は中世に特別な扱いを受けている。新しい時代をもたらす子の誕生を歌う内容が、キリストの予言と解釈されたためで、これによってウェルギリウスは異教徒でありながら預言者に近い地位を得た。
農耕詩(前29年頃)
農業の技術を主題にした教訓詩である。内容は実用書に近いが、詩としての完成度が極めて高いとされ、ラテン詩の最高峰に挙げる評価もある。
アエネイス(前19年、未完)
主著である。全12巻。
文学史における立ち位置と影響
ギリシャ語が読めなくなった中世西欧で、ウェルギリウスは事実上の最高の詩人だった。学校で読まれ、暗誦され、やがて魔術師としての伝説まで生まれている。書物を無作為に開いて未来を占う「ウェルギリウスのくじ」という習慣もあった。
ダンテが神曲の案内人に選んだのは、この地位による。ただし異教徒であるため天国には入れず、煉獄の頂で退場する。古代への敬意と、そこからの離脱が、この設定に同時に現れている。
後世への影響も広い。ミルトンの失楽園はアエネイスの構成を意識しており、ヨーロッパ各国が自国の建国を歌う叙事詩を書こうとするとき、規範になったのもこの作品だった。T・S・エリオットは「古典とは何か」という講演で、ウェルギリウスをヨーロッパ文学の中心に置いている。
「ヨーロッパの詩人」という呼び方が、この作家にはしばしば使われる。一つの国民文学ではなく、ヨーロッパ全体の共有財産として扱われてきたためである。