ルネサンスのイギリス文学 — シェイクスピアと欽定訳聖書

イギリス文学のルネサンス期は、1500年頃から1660年頃までを指す。テューダー朝からステュアート朝にあたる。

16世紀の初め、英語にはまだ劣等感があった。モアユートピア(1516年)を書いたのはラテン語である。真面目な思想を書くならラテン語、というのが当時の常識だった。フランスでも同じ問題が同じ頃に起きている。この160年で、その関係が完全に逆転する。

ルネサンス期イギリスの主な作品

イタリアのソネットは、英語の条件に合わせて作り変えられた

16世紀前半、イタリアからが輸入された。ペトラルカが完成させた14行の形式である。

ワイアットとサリーがこれを英語に移したが、英語には問題があった。 イタリア語は語尾が母音で終わるため脚韻を踏みやすい。ところが英語は子音で終わる語が多く、同じ韻を四つ揃えるのが難しい。

そこで韻の構成を変えた。四行×三+二行という形にして、必要な韻の種類を増やす代わりに、一種類あたりの数を減らす。これが後にシェイクスピア型ソネットと呼ばれる形式になる。輸入した形式を、言語の条件に合わせて作り変えた例である。

サリーはまた、押韻せず弱強のリズムを五回繰り返すを英語に導入した。これが演劇の言語になる。

スペンサー妖精の女王(1590〜1596年)で、あえて古風な英語を使って国民的な叙事詩を試みた。独自の九行連(スペンサー詩形)を考案しており、後のキーツバイロンがこれを使っている。

劇場に大道具がないという条件が、言語を鍛えた

この時代の演劇を理解する鍵は、劇場の物理的な条件にある。

当時の劇場は屋根のない円形で、舞台は客席へ突き出していた。照明はなく、上演は昼間。大道具もほとんどない。つまり、場所も時間も天候も、すべて台詞で説明するしかなかった。 今は真夜中だ、ここは森だ、と誰かが言わなければ、観客には何も見えない。

この制約が言語を鍛えた。情景描写が装飾ではなく必需品になり、詩的な言語が舞台の実用品として発達する。マーロウフォースタス博士などで無韻詩を演劇の標準にし、そこへシェイクスピアが現れた。

シェイクスピアが特別なのは、言語の扱いにある

思想の深さより言語の扱いである。名詞を動詞に変え、語をつなげて新語を作り、既存の語を新しい文脈に置く。今日の英語話者が日常で使う言い回しの相当数が、その劇に出典を持つ。

構成の面でも自由である。ハムレットでは王子が復讐を先延ばしにし続け、リア王では悲劇のただ中に道化が出てくる。時間は何年も飛び、場所は国をまたぐ。

同じ時期のフランスと比べると、この自由さが際立つ。フランスでは三単一の規則(筋は一つ、場所は一つ、時間は一日以内)が課され、ラシーヌはその制約の内側で密度を高めた。イングランドにその規則はない。同じ17世紀の演劇が、海峡をはさんで正反対の原理で動いていた。

なお、大学を出ていないことなどを根拠に、本当は別人が書いたとする説が繰り返し現れるが、学界の主流は本人の著作と見なしている。

同時代のベン・ジョンソンは古典の規則を重んじ、シェイクスピアの奔放さを批判した。同じ時代に規則を支持する側がいたことは押さえておく価値がある。イングランドに規則がなかったのではなく、規則を課す権力がなかったというほうが正確である。

1611年の欽定訳聖書が、三百年の散文の土台を作った

国王ジェームズ1世の命で作られた英訳聖書が刊行された。

これは文学作品ではない。だが以後三百年の英語散文のリズムを決めた。 理由は単純で、日曜ごとに全国民が教会で同じ英語を耳にしたからである。影響の規模が他のどの書物とも違う。平明で荘重な文体、旧約由来の言い回し。バニヤン天路歴程も、後のオーウェルの文章観も、この土台の上にある。

ベーコンは『随想集』でエッセイの形式を英語圏に持ち込んだ。モンテーニュエセーが源流だが、モンテーニュが自分を語るのに対し、ベーコンは対象を分析する。 同じ形式が国によって別の性格を持った例である。

ダンら形而上詩人は、恋愛と神学を大胆な比喩(コンシート)で結びつけた。当時は難解として評価が低かったが、20世紀にT・S・エリオットが再評価したことで文学史上の位置が変わっている。評価は時代によって動く。

ミルトンは、失明してから口述で叙事詩を書かせた

ミルトン失楽園(1667年)は、刊行年でいえば次の17-18世紀に属する。それでもこの時代で扱われることが多いのは、その学識と構想がルネサンスのの延長にあるためである。

清教徒革命に加担し、王政復古で失脚し、失明した。見えなくなってから、口述で書かせた叙事詩である。

主題は人間の堕落だが、神に反逆したサタンが、意図に反して最も魅力的な人物になっている。 後のロマン派——特にブレイクとシェリー——がこの点を見逃さず、ミルトンは無意識のうちに悪魔の側にいた、という趣旨の読みを提示した。作者の意図と作品の効果が食い違う例として、繰り返し論じられてきた。

ルネサンスが残したのは、鍛えられた英語

中身
劣等感の克服ラテン語で書いたトマス・モアから、英語で世界を書くウィリアム・シェイクスピア
制約が言語を作る舞台装置がないから、言葉が世界を描くしかなかった
形式の作り変えイタリアのソネットを英語の条件に合わせて改造した
欽定訳聖書全国民が同じ英語を聞いた。三百年の散文の土台

イギリス文学の他の時代