オデュッセイア
- 原題
- Odysseia
- 作者
- ホメロス
- 成立
- 前8世紀頃
- 国
- ギリシャ
- 時代
- 叙事詩の時代
概要
前8世紀頃に成立したとみられる叙事詩である。全24巻、約12100行。イリアスよりやや後の成立と考えられている。
主人公はイタケの王オデュッセウス。トロイア戦争が終わってから、故郷に帰り着くまでにさらに十年を要する。その間、妻ペネロペイアのもとには求婚者たちが押しかけ、屋敷の財産を食い潰している。
構成は複雑である。時系列に沿って進まず、まず息子テレマコスの旅から始まり、続いてオデュッセウスの現在を扱い、漂流の七年間は本人が宴席で語る回想として第9巻から第12巻に置かれる。最も有名な冒険の数々は、主人公自身の口から過去の話として語られる。 その真偽を確かめる手立ては、詩の中には用意されていない。
イリアスが戦場と名誉を扱うのに対し、この詩は帰還と家庭を扱う。舞台は海と島と屋敷であり、主人公の武器は力よりも知恵と嘘である。
イリアスと同じく、成立の事情は分かっていない。両作を同一人物の作とするかどうかは古代から議論があり、語彙や世界観の違いから別人とする説も根強い。
口承詩としての性格は、この詩でも明らかである。定型句と反復される場面が多用され、朝の訪れや食事の準備は決まった言い回しで繰り返される。ミルマン・パリーらによる口承詩研究の成果は、イリアスと同様にこの詩にも適用される。
物語の素材は、地中海の航海と交易の経験に由来するとみられる。ただし作中の地名の多くは特定できず、キュクロプスの島やセイレンの海域を実在の場所に当てはめる試みは、古代から行われながら決着していない。
前6世紀のアテナイで文字に定着し、後にアレクサンドリアの学者が24巻に整理した。最終巻の一部を後世の付加とする説が古代からあり、現在も議論が続いている。
文学史における評価と影響
帰郷の物語という型を作った作品である。長い旅を経て故郷に戻り、変わってしまった場所で自分の位置を取り戻すという筋は、以後の文学で繰り返し用いられてきた。旅の物語でありながら、目的地が未知の土地ではなく、出発点である点が、この型の核にあたる。
主人公の性格も、イリアスの英雄とは異なる。オデュッセウスは策略に長け、変装し、嘘をつき、必要なら仲間を犠牲にする。力で押し切るアキレウスとは対照的で、生き延びることを最優先する人物として書かれている。後世、この造形は好意的にも否定的にも受け取られてきた。ダンテは神曲の地獄篇で、木馬の計略を理由にオデュッセウスを地獄に置いている。
19世紀以降、この詩は近代小説の枠組みとして使われるようになった。ジョイスのユリシーズは、ダブリンの一日を各挿話に対応させて構成しており、題名も主人公のラテン語形から取られている。日常の一日を叙事詩の構造に重ねる方法は、20世紀の小説に大きな影響を与えた。
作中の細部も語彙として定着している。セイレンの誘惑、スキュラとカリュブディスの間(どちらも避けられない二つの危険)、トロイの木馬、ペネロペイアの織物。いずれも比喩として現在も使われる。
翻案も多い。カザンザキスは帰還後のオデュッセウスが再び旅立つ続篇を書いた。映画・演劇・小説の翻案は数え切れない。
日本では明治期から訳され、現在も複数の全訳が読める。イリアスより筋の起伏が多く、入口として勧められることが多い。
あらすじ
第1巻から第4巻。トロイア陥落から十年、オデュッセウスは女神カリュプソの島に留められている。イタケでは百人を超える求婚者が屋敷に居座り、ペネロペイアに再婚を迫っている。ペネロペイアは、義父の経帷子を織り終えるまで待ってほしいと言い、昼に織って夜に解くことで三年を稼いだが、露見していた。息子テレマコスは、女神アテナの導きで父の消息を求め、ピュロスのネストル、スパルタのメネラオスを訪ねる。
第5巻から第8巻。神々の会議によりカリュプソは解放を命じられる。筏で島を出たオデュッセウスは、海神ポセイドンの嵐で難破し、パイエケス人の島に流れ着く。王女ナウシカアに助けられ、王の宮殿で歓待される。宴で吟遊詩人がトロイア戦争を歌い、オデュッセウスは涙を流し、正体を明かす。
第9巻から第12巻。ここから回想になる。ロトスを食べて帰郷を忘れる国、一つ目の巨人キュクロプスのポリュペモスの洞窟——オデュッセウスは自分の名を「誰でもない」と告げ、目を焼いてから、助けを求める叫びが通じないようにして脱出する。風の袋、人を豚に変える魔女キルケ。冥界に下ってテイレシアスの霊に帰路を尋ね、母や戦死した仲間と会う。歌で船乗りを惑わすセイレンの海域では、自分の耳は塞がず、体を帆柱に縛らせて歌を聞く。怪物スキュラと渦潮カリュブディスの間を抜け、太陽神の島で仲間が禁じられた牛を食べたために船を失い、一人だけ生き残ってカリュプソの島に漂着した——ここで回想が終わる。
第13巻から第20巻。パイエケス人の船でイタケに送り届けられたオデュッセウスは、アテナに老いた乞食の姿に変えられる。忠実な豚飼いエウマイオスのもとに身を寄せ、帰国したテレマコスと再会して正体を明かし、二人で計画を立てる。乞食として屋敷に入り、求婚者たちに侮辱され、物を投げつけられても耐える。老いた乳母エウリュクレイアは、足を洗う際に古傷から正体に気づくが、口止めされる。
第21巻から第24巻。ペネロペイアは、オデュッセウスの強弓を引いて十二の斧の輪を射通した者と結婚すると告げる。求婚者は誰も弓を張れない。乞食が弓を取り、易々と射通す。そこから殺戮が始まる。テレマコスと二人の従僕とともに、広間の扉を閉ざして求婚者を皆殺しにし、内通した侍女たちも縊り殺す。
ペネロペイアはなお信じず、寝台を寝室の外に運び出すよう命じる。その寝台は生きたオリーブの幹を柱にして作られており、動かせないことを知る者は夫婦二人だけである。オデュッセウスが怒って事実を言い当て、ペネロペイアは受け入れる。最終巻では、殺された求婚者の親族が復讐に立ち上がるが、アテナが介入して和平が結ばれる。