中国通史

中国文学史

中国文学史には、他の文明に例の少ない特徴が二つある。

一つは、詩が実用だったことである。科挙という官僚登用試験に詩文が課され、詩を作る能力が政治的な地位に直結した。 詩人が同時に官僚であるのが普通であり、杜甫白居易蘇軾も官職に就いている。文学が趣味や職業ではなく、支配層の資格の一部だった。

もう一つは、書き言葉と話し言葉の乖離が二千年続いたことである。文語(文言)は古代の言語を規範とし、時代が下っても変わらなかった。日常の話し言葉とはまったく別の体系である。この状態を終わらせるのが二十世紀の白話運動であり、日本の言文一致構造の似た問題だった。

古代 — 詩と歴史の原型

詩経(詩経)は前十一世紀から前六世紀の詩を集めたもので、現存する中国最古の詩集である。民間の歌謡から宮廷の儀礼歌まで含み、後世の詩の規範とされた。

楚辞(楚辞)は南方の楚の地に発する。屈原の作とされる作品群が中心で、個人の憂愁と幻想的なイメージが特徴である。詩経の簡素さと対照的で、この二つが中国詩の二つの源流をなす。

散文では司馬遷史記(史記)が決定的である。前九一年頃の成立。帝王の年代記だけでなく、個々の人物の伝記を立てる「紀伝体」を確立し、以後二千年の正史の形式を決めた。宮刑を受けた後もこの仕事を完成させた経緯が知られている。

思想の書も文学として読まれてきた。『論語』『荘子』などは、比喩と対話の文章として後世の文体に影響を与えている。

唐宋 — 詩の頂点

唐代は中国詩の頂点とされる。 五万首近い唐詩が伝わっている。

李白杜甫が並び称される。李白は奔放な想像力と誇張、杜甫は社会の現実と精密な形式。「詩仙」と「詩聖」という対比が広く知られるが、これは後世の整理であり単純化を含む。

王維は自然を詠み、詩と絵画の一体を体現した。白居易は平易な言葉で書き、日本での受容が特に大きい。 『白氏文集』は平安期の日本で最も読まれた漢籍の一つであり、紫式部源氏物語にもその影響がある。

散文では韓愈が古文復興運動を起こした。装飾的な四六駢儷体を排し、古代の簡潔な文体に戻れという主張で、以後の散文の方向を決めた。

宋代に入ると、詩に加えてという歌謡形式が発達する。蘇軾は詩・詞・散文・書・画のすべてに優れ、中国の文人の理想像とされた。李清照は女性詞人として突出した評価を得ている。欧陽脩は文章と学問で宋代文化の基礎を作った。

元明清 — 小説と戯曲の時代

元代以降、支配層の文学(詩文)とは別に、庶民の文学が発達する。

元代には雑劇(戯曲)が栄え、関漢卿がその代表とされる。明代には湯顕祖牡丹亭(牡丹亭)を書いた。夢の中の恋のために死に、そして蘇るという筋で、中国戯曲の代表作である。

そして白話(口語)による長篇小説が現れる。水滸伝(水滸伝)、三国志演義(三国志演義)、西遊記(西遊記)、金瓶梅(金瓶梅)。これらは四大奇書と呼ばれる。

注意すべきは、これらが当時は正統な文学と見なされていなかったことである。文語で書かれた詩文こそが文学であり、口語の小説は低く見られた。作者が明確でない作品が多いのもそのためである。

清代には曹雪芹紅楼夢(紅楼夢)が現れる。貴族の家の栄華と没落を、細密な人間関係の描写で書いた長篇で、中国小説の最高峰とされることが多い。呉敬梓儒林外史は科挙制度と知識人を諷刺し、蒲松齢聊斎志異は怪異譚を文語の短篇として結晶させた。

近現代 — 書き言葉の革命

二十世紀初頭、文学革命が起きる。二千年続いた文語を捨て、口語(白話)で書くという転換である。

魯迅狂人日記(一九一八年)が、最初の本格的な白話小説とされる。狂人の日記という形式で、儒教道徳が人を食う仕組みを告発した。阿Q正伝では、負けても「精神的な勝利」に読み替える男を描き、「阿Q精神」という自己批判の語彙を生んだ。

この転換は日本の言文一致と同時代の現象である。東アジアの近代文学は、いずれも書き言葉を作り直すところから始まった。

続く世代では茅盾老舎巴金沈従文張愛玲が、それぞれ都市・社会・家族を描いた。

一九四九年以降、文学は国家の管理下に置かれる。文化大革命の期間には多くの作家が迫害を受けた。 老舎は一九六六年に死亡している。

一九八〇年代以降、莫言余華蘇童残雪らが多様な手法で書き始める。高行健が二〇〇〇年に、莫言が二〇一二年にノーベル文学賞を受けた。ただし高行健は当時フランス国籍であり、中国政府の反応は両者で大きく異なった。

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中国文学史を貫くのは、詩を中心とする文語の伝統と、その外側で育った口語の文学という二重構造である。正統とされた文語文学が二千年続き、低く見られていた口語文学が二十世紀に主流の座を得た。

どこか一つに降りるなら唐宋から。中国詩の頂点であり、日本を含む東アジア全体の教養の土台になった時代である。

日本との関係を追うなら日本文学 上代から。日本文学は漢字という中国の文字を借りるところから始まった。