中国文学史 — 詩経・唐詩から魯迅まで
中国文学史には、他の文明に例の少ない特徴が二つある。
一つは、詩が実用だったことである。に詩文が課され、詩を作る能力が政治的な地位に直結した。詩人が同時に官僚であるのが普通で、杜甫も白居易も蘇軾も官職に就いている。文学が趣味や職業ではなく、支配層の資格の一部だった。
もう一つは、書き言葉と話し言葉の乖離が二千年続いたことである。文語(文言)は古代の言語を規範とし、時代が下っても変わらない。日常の話し言葉とはまったく別の体系である。この状態を終わらせるのが20世紀の白話運動であり、日本の言文一致と構造の似た問題だった。
以下、四つの時代に分けて追う。全体の見取り図は次のようになる。
| 時代 | 年代 | 王朝 | 文学に起きたこと | 代表作 |
|---|---|---|---|---|
| 古代 | 前1000〜600年 | 周・秦・漢・魏晋南北朝 | 詩と歴史叙述の原型ができる | 詩経 史記 |
| 唐宋 | 600〜1279年 | 隋・唐・宋 | 詩が頂点に達し、科挙と結びつく | 李白・杜甫の詩 |
| 元明清 | 1279〜1912年 | 元・明・清 | 口語による長篇小説と戯曲が育つ | 紅楼夢 三国志演義 |
| 近現代 | 1912年〜 | 中華民国・中華人民共和国 | 文語を捨て、口語で書く | 阿Q正伝 |
古代(前1000〜600年/周から魏晋南北朝)— 詩と歴史の原型
詩経は前11世紀から前6世紀の詩を集めたもので、現存する中国最古の詩集である。民間の歌謡から宮廷の儀礼歌まで含み、後世の詩の規範とされた。
楚辞は南方の楚の地に発する。屈原の作とされる作品群が中心で、個人の憂愁と幻想的な表現が特徴である。詩経の簡素さと対照的で、この二つが中国詩の二つの源流をなす。
散文では司馬遷の史記が決定的である。前91年頃の成立。帝王の年代記だけでなく、個々の人物の伝記を立てる紀伝体を確立し、以後二千年の正史の形式を決めた。宮刑を受けた後もこの仕事を完成させた経緯が知られている。
思想の書も文学として読まれてきた。『論語』『荘子』などは、比喩と対話の文章として後世の文体に影響を与えている。漢が滅びた後の分裂期には、曹操が武将でありながら詩を残し、陶淵明は官を辞して田園に帰る生き方を詩に書いた。
| 作品 | 成立 | 作者 | 種類 |
|---|---|---|---|
| 詩経 | 前11〜前6世紀 | 編者未詳 | 詩集(305篇) |
| 『論語』 | 前5〜前3世紀 | 孔子の弟子ら | 語録 |
| 楚辞 | 前3世紀頃 | 屈原ら | 詩集 |
| 史記 | 前91年頃 | 司馬遷 | 歴史叙述(紀伝体) |
| 『短歌行』ほか | 3世紀初 | 曹操 | 詩 |
| 『帰去来辞』『桃花源記』 | 5世紀初 | 陶淵明 | 詩・散文 |
唐宋(600〜1279年/隋・唐・宋)— 詩の頂点
唐代の詩は、今日までにおよそ五万首が伝わっている。作者の名が判明しているだけで二千人を超え、中国詩の頂点とされる時代である。
李白と杜甫が並び称される。李白は奔放な想像力と誇張、杜甫は社会の現実と精密な形式。詩仙と詩聖という対比が広く知られるが、これは後世の整理であり、単純化を含む。杜甫の代表作の多くは、755年に始まるで都を追われた後に書かれている。
王維は自然を詠み、詩と絵画の一体を体現した。白居易は平易な言葉で書き、日本での受容がとくに大きい。『白氏文集』は平安期の日本で最も読まれた漢籍の一つで、紫式部の源氏物語にもその影響がある。
散文では韓愈が古文復興運動を起こした。対句と装飾を積み重ねる四六駢儷体を排し、古代の簡潔な文体に戻れという主張で、以後の散文の方向を決めた。
宋代に入ると、詩に加えてという形式が発達する。蘇軾は詩・詞・散文・書・画のすべてに優れ、中国の文人の理想像とされた。李清照は女性の詞人として突出した評価を得ている。欧陽脩は文章と学問で宋代文化の基礎を作った。
| 作品 | 成立 | 作者 | 種類 |
|---|---|---|---|
| 『静夜思』ほか | 8世紀 | 李白 | 詩 |
| 『春望』ほか | 8世紀 | 杜甫 | 詩 |
| 『師説』ほか | 9世紀初 | 韓愈 | 古文 |
| 『長恨歌』 | 806年 | 白居易 | 長詩 |
| 『酔翁亭記』 | 1046年 | 欧陽脩 | 散文 |
| 『赤壁賦』 | 1082年 | 蘇軾 | 韻文の散文 |
| 『漱玉詞』 | 12世紀 | 李清照 | 詞 |
| 『稼軒長短句』 | 12世紀後半 | 辛棄疾 | 詞 |
元明清(1279〜1912年/元・明・清)— 小説と戯曲の時代
元代以降、支配層の文学である詩文とは別に、庶民の文学が発達する。
元代にはが栄え、関漢卿がその代表とされる。明代には湯顕祖が牡丹亭を書いた。夢の中の恋のために死に、そして蘇るという筋で、中国戯曲の代表作である。
そして、話し言葉に近い白話による長篇小説が現れる。水滸伝、三国志演義、西遊記、金瓶梅。この四つを四大奇書と呼ぶ。
注意すべきは、これらが当時は正統な文学と見なされていなかったことである。文語で書かれた詩文こそが文学であり、口語の小説は低く見られた。作者がはっきりしない作品が多いのもそのためである。
清代には曹雪芹の紅楼夢が現れる。貴族の家の栄華と没落を、細密な人間関係の描写で書いた長篇で、中国小説の最高峰とされることが多い。呉敬梓の儒林外史は科挙制度と知識人を諷刺し、蒲松齢の聊斎志異は怪異譚を文語の短篇として結晶させた。
| 作品 | 成立 | 作者 | 種類 |
|---|---|---|---|
| 『竇娥冤』 | 13世紀後半 | 関漢卿 | 雑劇 |
| 三国志演義 | 14世紀 | 羅貫中 | 白話の長篇小説 |
| 水滸伝 | 14世紀 | 施耐庵 | 白話の長篇小説 |
| 西遊記 | 16世紀 | 呉承恩 | 白話の長篇小説 |
| 金瓶梅 | 16世紀 | 未詳 | 白話の長篇小説 |
| 牡丹亭 | 1598年 | 湯顕祖 | 戯曲 |
| 聊斎志異 | 1700年頃 | 蒲松齢 | 文語の短篇集 |
| 儒林外史 | 1750年頃 | 呉敬梓 | 諷刺小説 |
| 紅楼夢 | 18世紀 | 曹雪芹 | 長篇小説 |
近現代(1912年〜/中華民国・中華人民共和国)— 書き言葉の革命
20世紀初頭に文学革命が起きる。二千年続いた文語を捨て、口語(白話)で書くという転換で、1919年のと結びついて広がった。
魯迅の狂人日記(1918年)が、最初の本格的な白話小説とされる。狂人の日記という形式で、儒教道徳が人を食う仕組みを告発した。阿Q正伝では、負けても精神的な勝利に読み替える男を描き、阿Q精神という自己批判の語彙を生んでいる。
この転換は日本の言文一致と同時代の現象である。東アジアの近代文学は、いずれも書き言葉を作り直すところから始まった。続く世代では茅盾、老舎、巴金、沈従文、張愛玲が、それぞれ都市・社会・家族を描いている。
1949年以降、文学は国家の管理下に置かれる。の期間には多くの作家が迫害を受けた。老舎は1966年に死亡している。
1980年代以降、莫言、余華らが多様な手法で書き始めた。ノーベル文学賞は高行健が2000年に、莫言が2012年に受けている。ただし高行健は受賞時にフランス国籍であり、中国政府の反応は両者で大きく異なった。