元明清の中国文学 — 四大奇書と『紅楼夢』

元明清は、元・明・清の三王朝、1279年から清が滅びる1912年までを指す。

前提を押さえる。中国の文学の正統は、長く詩と散文だった。戯曲と小説は「小道」——取るに足らないものとされた。士大夫が余技として関わることはあっても、正面から論じる対象ではない。ところが今日、中国文学として世界で最も読まれているのは、この時期の小説である。

元明清の主な作品

作品成立作者種類
『竇娥冤』13世紀後半関漢卿
三国志演義14世紀羅貫中白話の長篇小説
水滸伝14世紀施耐庵白話の長篇小説
西遊記16世紀呉承恩白話の長篇小説
金瓶梅16世紀未詳白話の長篇小説
牡丹亭1598年湯顕祖戯曲
聊斎志異1700年頃蒲松齢文語の短篇集
儒林外史1750年頃呉敬梓諷刺小説
紅楼夢18世紀曹雪芹長篇小説

元代、科挙の停止が教養人を戯曲へ流した

元代、モンゴルの支配下で科挙が長く停止された。知識人の進路が塞がれる。詩文の能力で官職に就く道がない。その結果、教養のある書き手が、それまで見向きもしなかった分野へ流れたとする説明がある。

元曲()が発達する。歌と台詞と所作を組み合わせた形式で、都市の観客を相手にする。関漢卿は元曲の代表的な作者である。『竇娥冤(とうがえん)』は、無実の罪で処刑された女の恨みが天に届き、季節外れの雪が降る話である。冤罪と、権力の腐敗が主題になっている。

明代、白話による長篇小説が形を得た

明代に白話(話し言葉)による長篇小説が形を得る。多くが講談の集積である。 何世代もの語り手が語り継いだ話を、誰かが文字にまとめた。単一の作者による創作ではないものが多く、作者の帰属には議論がある。

羅貫中に帰される三国志演義は、後漢末の群雄割拠を扱う。歴史書『三国志』を素材にしながら、蜀の劉備を正統とする立場で構成されている。諸葛亮の智謀、関羽の忠義といった型が、この作品で決定的になった。

施耐庵に帰される水滸伝は、官の腐敗によって追われた者たちが梁山泊(りょうざんぱく)に集結する話である。百八人の好漢という設定が有名。体制への反抗を描く一方、最後は招安(帰順)に至る点で、解釈が分かれてきた。

呉承恩に帰される西遊記は、玄奘三蔵の求法の旅を、孫悟空・猪八戒・沙悟浄を伴う冒険譚にした。仏教・道教の要素と、風刺と、荒唐無稽な想像力が混ざる。

金瓶梅は、水滸伝の一挿話から人物を借りて、商人の家庭の内部を執拗に描く。性描写のために長く禁書とされたが、日常生活の細部の記述という点で、後の小説に道を開いた。

戯曲では湯顕祖牡丹亭がある。夢で見た男を恋うて死んだ娘が、蘇って結ばれる。「情」が生死を超えるという主題が、当時の朱子学的な規範への対抗として読まれた。

清代、『紅楼夢』が中国小説の頂点に達した

曹雪芹紅楼夢は、中国の小説の最高峰とされる。

貴族の大家族の日常——年中行事、庭園、詩の会、召使いたちの関係——が細密に描かれ、その中で少年の賈宝玉(かほうぎょく)と、二人の女性の関係が進む。そして一族全体が衰退していく。

特徴は密度である。数百人の人物が登場し、それぞれに性格と言葉づかいがある。事件よりも、日常の会話と細部の積み重ねで人間関係が動く。 作者は途中で死に、後半四十回は他の手によるとされる。どこまでが原作の構想かをめぐって、「紅学」と呼ばれる研究分野が成立している。

蒲松齢聊斎志異は、狐や幽霊が人と交わる短篇を集めた。文語(古典語)で書かれている。怪異譚の形式で、官僚制の腐敗や科挙の理不尽が繰り返し風刺される。作者自身、科挙に生涯合格しなかった。

呉敬梓儒林外史は、科挙をめぐる読書人たちを正面から風刺した。合格の知らせに接して発狂する男の挿話が有名である。制度が人間をどう歪めるかを、連作短篇に近い構成で書く。

元明清が残したのは、卑俗とされた小説の遺産

中身
地位の逆転卑俗とされた戯曲・小説が、今日最も読まれる遺産になった
集積による成立講談の蓄積を文字にまとめたものが多く、作者の帰属に議論がある
日常の密度紅楼夢は事件でなく会話と細部で人間関係を動かす
制度への風刺科挙そのものが繰り返し批判の対象になった

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