中国文学 元明清
通史では、この時代を「卑俗な形式が主役になる」と要約した。ここではその中身を開く。
前提を押さえる。中国の文学の正統は、長く詩と散文だった。
戯曲と小説は「小道」——取るに足らないものとされた。士大夫が余技として関わることはあっても、正面から論じる対象ではない。
ところが今日、中国文学として世界で最も読まれているのは、この時期の小説である。
元 — 戯曲が育つ
元代、モンゴルの支配下で科挙が長く停止された。
知識人の進路が塞がれた。 詩文の能力で官職に就く道がない。その結果、教養のある書き手が、それまで見向きもしなかった分野へ流れたとする説明がある。
元曲(雑劇)が発達する。歌と台詞と所作を組み合わせた形式で、都市の観客を相手にする。
関漢卿(関漢卿)は元曲の代表的な作者である。『竇娥冤』は、無実の罪で処刑された女の恨みが天に届き、季節外れの雪が降る話である。冤罪と、権力の腐敗が主題になっている。
明 — 長篇小説の成立
明代に白話(話し言葉)による長篇小説が形を得る。
多くが講談の集積である。何世代もの語り手が語り継いだ話を、誰かが文字にまとめた。単一の作者による創作ではないものが多く、作者の帰属には議論がある。
羅貫中に帰される三国志演義(三国志演義)は、後漢末の群雄割拠を扱う。歴史書『三国志』を素材にしながら、蜀の劉備を正統とする立場で構成されている。 諸葛亮の智謀、関羽の忠義といった型が、この作品で決定的になった。
施耐庵に帰される水滸伝(水滸伝)は、官の腐敗によって追われた者たちが梁山泊に集結する話である。百八人の好漢という設定が有名。体制への反抗を描く一方、最後は招安(帰順)に至る点で、解釈が分かれてきた。
呉承恩に帰される西遊記(西遊記)は、玄奘三蔵の求法の旅を、孫悟空・猪八戒・沙悟浄を伴う冒険譚にした。仏教・道教の要素と、風刺と、荒唐無稽な想像力が混ざる。
金瓶梅(金瓶梅)は、水滸伝の一挿話から人物を借りて、商人の家庭内部を執拗に描く。 性描写のために長く禁書とされたが、日常生活の細部の記述という点で、後の小説に道を開いた。
戯曲では湯顕祖(湯顕祖)の牡丹亭(牡丹亭)がある。夢で見た男を恋うて死んだ娘が、蘇って結ばれる。 「情」が生死を超えるという主題が、当時の理学(朱子学)的な規範への対抗として読まれた。
清 — 頂点と、批評
曹雪芹(曹雪芹)の紅楼夢(紅楼夢)は、中国の小説の最高峰とされる。
貴族の大家族の日常——年中行事、庭園、詩の会、召使いたちの関係——が細密に描かれ、その中で少年賈宝玉と、二人の女性の関係が進む。そして一族全体が衰退していく。
特徴は密度である。 数百人の人物が登場し、それぞれに性格と言葉づかいがある。事件よりも、日常の会話と細部の積み重ねで人間関係が動く。
作者は途中で死に、後半四十回は他の手によるとされる。 どこまでが原作の構想かをめぐって、「紅学」と呼ばれる研究分野が成立している。
蒲松齢(蒲松齢)の聊斎志異(聊斎志異)は、狐や幽霊が人と交わる短篇を集めた。文言(古典語)で書かれている。 怪異譚の形式で、官僚制の腐敗や科挙の理不尽が繰り返し風刺される。作者自身、科挙に生涯合格しなかった。
呉敬梓(呉敬梓)の儒林外史(儒林外史)は、科挙をめぐる読書人たちを正面から風刺した。 合格の知らせに接して発狂する男の挿話が有名である。制度が人間をどう歪めるかを、連作短篇に近い構成で書く。
この時代をどう読むか
| 中身 | |
|---|---|
| 地位の逆転 | 卑俗とされた戯曲・小説が、今日最も読まれる遺産になった |
| 集積による成立 | 講談の蓄積を文字にまとめたものが多く、作者の帰属に議論がある |
| 日常の密度 | 紅楼夢は事件でなく会話と細部で人間関係を動かす |
| 制度への風刺 | 科挙そのものが繰り返し批判の対象になった |