牡丹亭

作者
湯顕祖
成立
1598
中国
時代
元明清

概要

1598年に完成した戯曲である。全55齣(幕にあたる単位)。上演すれば二十時間を超える長さで、通常は抜粋して演じられる。

形式は伝奇と呼ばれる。明代に南方で発達した長篇の歌劇で、歌と台詞と所作からなる。上演には崑曲という音楽様式が用いられた。

筋は、夢に見た男を恋い慕って死んだ娘が、三年後に生き返って結ばれるというものである。死と再生を挟んで恋が成就する。

作品の中心にあるのは、作者が序文で述べたという概念である。情がどこから来るかは分からないが、深ければ生きている者を死なせ、死んだ者を生き返らせる。生きて死ぬことができ、死んで生き返ることができないようなものは、情の極みとは言えない、という趣旨が記される。

当時の理学——朱子学——は、情を抑えて理に従うことを説いていた。この作品は情の側に立つ。

湯顕祖は1550年、江西省臨川の生まれ。科挙に合格して官についたが、時の宰相を批判する上奏を行って左遷され、地方の官を務めたのち、1598年に辞職して郷里に帰った。この作品はその年に完成している。

辞職して間もない時期の作であり、官界への幻滅と、情を肯定する主題の関係が指摘される。

素材には、明代の話本にある「杜麗娘慕色還魂」という短い物語がある。夢で結ばれた男を慕って死に、蘇生するという骨格はそこにある。湯顕祖はこれを大幅に拡張し、庭の場面と冥界の場面、そして父との対立を加えた。

湯顕祖には、夢を主題とする四つの戯曲があり、まとめて「臨川四夢」と呼ばれる。この作品はその代表にあたる。

上演をめぐって議論が起きた。この作品は文辞を重んじており、当時の音律の規則に合わない箇所がある。同時代の劇作家沈璟が音律に合わせて改訂したところ、湯顕祖は強く反発した。意を曲げてまで音律に従うことはしないという趣旨の言葉が残る。

1616年に死去した。シェイクスピアとセルバンテスの没年と同じであり、四百周年にあたる2016年には各国で共同の記念行事が行われた。

文学史における評価と影響

明代の戯曲の最高作とする評価が定着している。元代の雑劇『西廂記』と並べて論じられることが多い。どちらも恋愛を主題とし、礼教の制約に抗する筋を持つ。

情と理の対立という主題が、この作品の思想的な核にあたる。当時の主流だった朱子学は、人欲を抑えて天理に従うことを説いた。湯顕祖は、心即理を説く陽明学の流れ、とくに李贄らの思想に近い位置にいたとされる。制度の側に立つ父が最後まで娘の蘇生を認めないという結末は、この対立をそのまま人物に配置したものになっている。

女性の主体性という点でも注目される。麗娘は自ら恋を求め、そのために死に、自ら蘇生の方法を告げる。行動しているのは終始この人物であり、柳夢梅は指示に従う側にいる。

受容の歴史には、実際に影響を受けた読者の記録が残る。この作品を読み込んで死んだとされる若い女性の逸話が複数伝えられ、書き込みを残した本も現存する。清代には、女性読者による注釈が編まれている。

崑曲の演目としての上演は現在も続く。2004年の白先勇による「青春版」は、若手の俳優を起用した二十七齣の構成で、各地で上演されて崑曲への関心を高めた。

紅楼夢にも影響が見える。作中で林黛玉が、庭でこの戯曲の歌を聞いて心を動かされる場面が置かれている。

日本では訳が読める。長いため、抜粋の形で読まれることが多い。

あらすじ

南安太守杜宝の娘、杜麗娘は十六歳。深窓に育ち、外出も許されず、家庭教師の陳最良から『詩経』を学んでいる。冒頭の「関雎」の講義を聞き、その恋の歌に心を動かされる。

侍女の春香に誘われ、初めて裏庭に出る。手入れもされずに荒れた庭に春の花が咲いているのを見て、自分の若さが誰にも知られぬまま過ぎることを思う。この「遊園驚夢」の場が、作品で最も知られた部分にあたる。

部屋に戻って眠り、夢を見る。柳の枝を持った若い書生が現れ、二人は牡丹亭のほとりで結ばれる。目覚めると誰もいない。

以後、麗娘は夢の中の男を求めて日を過ごす。庭を歩いて夢の場所を探すが、何も見つからない。次第に衰え、自らの姿を絵に描き、庭の梅の木の下に埋めるよう遺言して死ぬ。十七歳だった。

麗娘の魂は冥界に行く。判官が生死の帳簿を調べ、寿命はまだ尽きていないと判定して、魂が自由に歩けるようにする。

三年後、柳夢梅という書生が、科挙の受験に向かう途中で病み、この地の梅花観に留まる。庭で絵を拾い、そこに描かれた女に惹かれて呼びかける。夜ごと麗娘の魂が現れ、二人は逢う。

麗娘は自分が幽霊であることを明かし、墓を掘り返して遺体を出せば生き返れると告げる。柳夢梅は道姑の助けを得て墓を暴く。麗娘は蘇生する。

二人は結婚し、都へ向かう。柳夢梅は科挙に応じるが、その最中に金軍の侵攻があり、結果の発表が遅れる。父杜宝は前線で戦っており、娘の生存を知らない。

柳夢梅が杜宝を訪ねて事情を話すと、墓を暴いた盗人と決めつけられ、捕らえられて拷問を受ける。そこへ科挙の首席合格の知らせが届く。

それでも杜宝は、娘は死んだはずであり、目の前の女は妖怪だと言って認めない。理を重んじる父が、事実の側を否定する。 麗娘は日の下を歩き、影があることを示す。最後は皇帝の裁定によって、蘇生と結婚が公に認められる。

作者

登場する文学史