儒林外史

作者
呉敬梓
成立
1750頃
中国
時代
元明清

概要

18世紀半ばに書かれた長篇小説である。通行本は全56回。題は「儒者たちの世界の正史に載らない記録」という意味にあたる。

主題は科挙である。科挙は官吏登用の試験制度で、合格すれば身分と富が保証され、落ちれば何も残らない。この制度が人間をどう変形させるかを、この小説は繰り返し描く。

構成が独特である。中心となる主人公がいない。ある人物の話が数回続き、その人物が別の人物と出会うと、視点がそちらへ移り、前の人物は退場する。数珠つなぎに人物が交替していく形式で、全体を貫く筋はない。

登場するのは、受験に生涯を費やす者、合格して豹変する者、名士を装う者、金で名声を買う者、そして制度の外で生きようとする者である。

文体は白話——話し言葉に近い書き言葉——による。描写は簡潔で、作者は評を加えず、人物の言動をそのまま提示する。

呉敬梓は1701年、安徽省の名家に生まれた。祖先に科挙の高位合格者を複数出した家である。

若くして父を失い、遺産をめぐる争いを経験した。財産は人に施すなどして数年で使い果たし、家を出て南京に移る。以後、貧窮の中で暮らした。

科挙には合格していない。地方試験は通ったが、その先に進めなかった。1736年、学識ある人物を推薦する特別の制度によって推挙されたが、病を理由に辞退している。制度の内側にいながら、そこから降りた人物が書いたことになる。

執筆は1740年代とみられる。1754年に死去した。刊行は死後で、現存最古の刊本は1803年のものである。

構成については議論がある。現行の56回本のうち、最終回を後人の付加とする説がある。作者の草稿がどの段階まで及んでいたかは確定していない。

文学史における評価と影響

中国の風刺小説の代表作として扱われる。魯迅は『中国小説史略』でこの作品を高く評価し、それまでの小説にはなかった、誇張せず事実を並べることで批判を成立させる手法を指摘した。作者が声高に非難せず、人物の言動をそのまま置くことで滑稽さと悲惨さを浮かび上がらせる点が、他の風刺作品と異なる。

構成の面では、中心のない小説として論じられる。人物が次々に交替し、筋が完結しない。この形式を、緩さと見るか、社会の全体を横断するための方法と見るかで評価が分かれてきた。同時代の紅楼夢が一つの家の内部を垂直に掘り下げたのに対し、この作品は水平に社会を移動する。

科挙という制度への批判は、清朝の統治の根幹に関わる。作品は制度の廃止を主張しているわけではないが、それが人格を歪め、学問を空洞化させる過程を執拗に描く。八股文——決まった形式に沿って書く答案の文体——が、思考ではなく型の習得を要求するものであることも示される。

20世紀に入って、科挙が廃止された後の中国で、この作品は改めて読まれた。近代化の中で旧来の知識人層を批判する文脈に置かれ、教科書にも収録された。范進が合格して発狂する場面は、中国では広く知られている。

日本では訳が読める。人物が次々に交替するため、通読には慣れを要する。

あらすじ

第1回に、元末の画家王冕が置かれる。貧しい家に生まれ、独学で絵を修め、名声を得ても官に仕えることを拒んで山に隠れる。この人物が、以後に描かれる者たちの対極として冒頭に配置される。

以後、明代を舞台に挿話が連なる。

周進は、六十を過ぎても受験に受からず、村の塾で子どもに教えている。試験場を見学した際、号泣して床に頭を打ちつけ、気を失う。同情した商人たちが金を出して受験の資格を買い与えたところ、そこから連続して合格し、高官にまで昇る。

范進は、五十四歳まで落第を重ね、肉屋の舅から罵られ続けてきた。合格の知らせが届いた瞬間、笑い出して正気を失う。手を打って笑いながら走り回る。 医者を呼んでも治らず、最も恐れている舅に平手打ちさせることで正気に返る。以後、舅の態度は一変し、近隣の者が土地や下女を持ち寄って来る。この二話は、この作品で最もよく知られた部分にあたる。

匡超人は、当初は親孝行な純朴な青年として現れる。病父の看病をし、夜も働く。ところが科挙に合格し、都市の文人の世界に入るにつれて変質する。答案の代作を請け負い、恩人を裏切り、妻を捨てて再婚し、自分の名声を吹聴するようになる。制度が人を作り変える過程が、一人の人物の変化として示される。

厳貢生・厳監生の兄弟の話も知られる。弟の厳監生は極端な吝嗇で、臨終の床で指を二本立てたまま息を引き取らない。誰も意味が分からない中、妻が気づいて、灯心が二本立っているのを一本にすると、ようやく手を下ろして死ぬ。

杜少卿は、作者自身に近いとされる人物である。家産を人に分け与え、朝廷から召されても病と称して応じない。名利を求めない生き方が示されるが、暮らしは次第に苦しくなる。

後半では、有志が集まって泰伯の祠を建て、古礼にもとづく祭祀を行う。理想の実現の試みだが、その後は荒れるにまかされる。

最終回では、市井に生きる四人の無名の人物が置かれる。書道を能くする筆屋、囲碁を打つ茶館の主人、字を書く仕立屋、そして画を描く男。官職とも名声とも無縁の場所に、冒頭の王冕と同じものが見出される形で作品は閉じられる。

作者

登場する文学史