莫言

原綴
莫言
生没
1955–
出身
山東省高密
本名
管謨業
中国
時代
近現代

生涯

1955年、山東省高密の農村に生まれた。本名は管謨業という。筆名の「莫言」は、言うなかれ、を意味する。幼い頃、余計なことを口にして家族に累を及ぼさぬよう戒められた経験に由来するとされる。

文化大革命のため、小学校を五年で中退した。以後、農作業に従事し、後に工場で働いた。飢えと貧困のなかで育った少年期の記憶が、作品に繰り返し現れる。

1976年、人民解放軍に入隊した。軍のなかで文学に触れ、書き始める。軍の芸術学院で学び、1980年代に作家として世に出た。

1986年、紅い高粱を発表する。翌年、張芸謀がこれを映画化し、ベルリン国際映画祭で金熊賞を受けた。この映画によって、莫言の名が国際的に知られるようになる。

以後、長編を次々に発表した。故郷の高密県東北郷を舞台にした作品世界を築いていく。

2012年、ノーベル文学賞を受賞した。中国国籍を持つ作家として初めての受賞である(それ以前に高行健が受賞しているが、フランス国籍だった)。この受賞をめぐっては、莫言が体制内の作家協会の要職にあることから、政治的な立場を問う議論も起きた。

現在も執筆を続けている。

作風

莫言が書くのは、故郷の農村の暴力と生命力に満ちた世界である。

舞台はほぼ一貫して、故郷をモデルにした「高密県東北郷」である。ここに、抗日戦争、内戦、大躍進、文化大革命、改革開放という20世紀中国の激動を重ねる。歴史の大事件が、一つの土地の民衆の生活として書かれる。

語りが奔放である。時系列が前後し、視点が次々に移り、現実と幻想が地続きになる。動物が語り、死者が語り、人が動物に生まれ変わる。この方法は、ラテンアメリカのマジックリアリズムと比較されることが多い。莫言自身、ガルシア=マルケスとフォークナーの影響を認めている。

感覚の描写が濃密である。色、匂い、味、身体の感触が、過剰なまでに書き込まれる。紅い高粱の燃えるように赤い高粱畑のイメージがその典型である。飢えの記憶を持つ作家らしく、食べることへの執着も繰り返し現れる。

暴力が容赦なく描かれる。戦争、拷問、処刑、飢餓。『白檀の刑』では、清末の残酷な処刑が細部まで書かれる。この過剰さは、しばしば批判の対象にもなってきた。

同時に、諷刺と諧謔がある。『酒国』は、幼児を食べる美食が横行するという設定で、腐敗と貪欲を戯画化した。深刻な主題を、猥雑で滑稽な語りで扱うのが莫言の特徴である。

民間の語りの伝統に根ざしている。講釈、地方劇、伝説といった口承の文化が、その語りの下地にある。

作品

紅い高粱(『紅高粱家族』)(1986〜87年)が出世作である。抗日戦争期の祖父母の世代の物語を、孫が語り直す。

『豊乳肥臀』(1996年)

一人の母と、その多くの子どもたちを通じて、20世紀の中国史を描いた大長編である。

『酒国』(1992年)

美食と腐敗をめぐる諷刺小説で、入れ子の構造をとる。

『白檀の刑』(2001年)

清末を舞台に、残酷な処刑を軸として権力と抵抗を描く。

『蛙』(2009年)

一人っ子政策と、その執行にあたった産婦人科医の生涯を扱う。ノーベル賞受賞の理由でも言及された。

日本語では主要作の多くが訳されている。『紅い高粱』が入りやすい。

文学史における立ち位置と影響

莫言は、現代中国文学を国際的に代表する作家である。2012年のノーベル文学賞受賞は、中国本土の作家として初めてのもので、中国文学の世界的な認知にとって画期になった。

「尋根文学」(ルーツ探しの文学)と呼ばれる1980年代の潮流のなかから出た。文化大革命後、地方の土地と民衆の記憶に文学の根を求める動きがあり、莫言はその代表とされる。

マジックリアリズムの中国における展開として位置づけられる。ガルシア=マルケスの方法を、中国の農村と歴史に接続した。ただし莫言自身は、その源泉を、外国文学と同じくらい、故郷の民間の語りに求めている。

映画を通じた広がりも大きい。張芸謀による紅い高粱の映画化は、中国映画が国際的に評価される契機の一つになった。文学と映画が相互に影響した例にあたる。

評価には政治的な論点が伴う。莫言が中国作家協会の副主席という体制内の地位にあること、表現の自由をめぐる問題に踏み込まないことが、批判されてきた。作品の評価と、作家の政治的な立場をどう扱うかという問題が、この作家をめぐっても現れている。

日本での受容は早く、ノーベル賞受賞以前から翻訳が進んでいた。現代中国文学の代表として広く読まれている。

作品

登場する文学史