紅楼夢
- 作者
- 曹雪芹
- 成立
- 18世紀
- 国
- 中国
- 時代
- 元明清
概要
18世紀半ば、清の乾隆年間に書かれた長篇小説である。作者の曹雪芹は前半80回を残して死去し、通行本の後半40回は別人の手による。
舞台は、都に大邸宅を構える名門の賈家である。中心にいるのは、玉を口に含んで生まれたという賈宝玉。科挙の勉強と役人としての出世を嫌い、大観園という庭園で従姉妹たちと詩を作り、日を過ごしている。並んで書かれるのが、病弱で聡明な林黛玉と、控えめで世事に長けた薛宝釵である。
この作品は、事件よりも日常の細部でできている。誕生日の祝い、詩の会、正月の行事、女中同士の諍い、葬儀の費用、贈答の品目。四百人を超える人物が登場し、そのうち百人以上に個別の性格が与えられる。
前半で最も盛んなのは、若い女性たちが暮らす大観園の場面である。後半に進むにつれて、家計は傾き、当主たちの不正が露見し、庭園の住人は死ぬか嫁ぐか出ていくかして散っていく。栄華の絶頂から始まって、失われていく過程を長い時間をかけて描く構成になっている。
曹雪芹(1715頃-1763頃)の生涯は断片的にしか分かっていない。曹家は代々、江寧織造という要職を務め、皇帝の南巡を接待するほどの富を持っていたが、雍正帝の治世に財産を没収されて没落した。曹雪芹は北京の西郊で貧窮のうちに暮らし、粥をすすりながら十年をかけてこの作品を推敲したと伝えられる。家の没落を経験した人物が、家の没落を書いたという対応が、この作品の読み方に長く影響してきた。
生前は刊本にならず、写本の形で流通した。「脂硯斎」という号を持つ人物が朱筆で書き入れた評を伴う写本があり、脂評本と呼ばれる。この評には作者の身近な事情を知る記述が含まれ、後半の展開についての示唆もある。脂硯斎が誰なのかは特定されていない。
1791年、程偉元と高鶚が活字本を刊行した。前半80回に、後半40回を加えて全120回とした版で、これが通行本になった。後半を高鶚が書いたとする説が長く有力だったが、既存の草稿を編集したとする見方もあり、確定していない。
前半と後半の落差は、繰り返し論じられてきた。脂評の示唆によれば、作者の構想では賈家の没落はさらに徹底しており、登場人物の末路も現行の後半とは異なるとみられる。宝玉が科挙に合格する結末は、作者の意図に反するという指摘が多い。
文学史における評価と影響
中国文学における最高の小説とする評価が定着している。この作品だけを対象とする研究分野が成立しており、紅学と呼ばれる。清代から続く分野で、版本の校訂、作者の伝記、モデルの比定、後半の真偽をめぐって膨大な蓄積がある。
先行する四大奇書と比べると、性格が大きく異なる。三国志演義は歴史を、水滸伝は反乱を、西遊記は神仏と妖怪を扱い、いずれも講釈の語り物から育った。この作品は個人の創作であり、扱うのは一つの家の内部の日常である。中国の小説が、集団で育てた物語から、個人が書く小説へ移った転換点として位置づけられる。
女性の登場人物の書き分けは、この作品の最も高く評価される点である。冒頭で作者は、自分は取るに足りない人間だが、かつて出会った女性たちは自分よりはるかに優れていた、その記憶を残すために書くという趣旨を述べている。二十歳前後の若い女性たちの才知と、その多くが早く死ぬか不本意な結婚をするかして失われていく過程が、作品の主線になっている。
読み方には長い対立がある。清朝の政治的な暗喩として読む立場、作者の自叙伝として読む立場、恋愛小説として読む立場、そして仏教・道教の無常観を説く書として読む立場である。作品自体が冒頭と結末に神話の枠を置き、すべては夢だったという形式を取っているため、どの読みも根拠を持つ。
日本での知名度は、三国志演義や西遊記に比べると低い。人物が多く、日常の細部が中心で、筋の起伏が緩やかなことが理由に挙げられる。全訳は複数出ており、抄訳も読める。
あらすじ
作品は神話的な枠で始まる。女媧が天を補修した際に一つだけ余った石が、人間界を見たいと願い、僧と道士によって玉に変えられて下界に送られる。同じ頃、天界で一本の草が、甘露を注いでくれた侍者に報いるため、涙をもって恩を返そうと願う。石が賈宝玉に、草が林黛玉に生まれ変わる。
賈家は代々の高官の家で、娘の一人が皇帝の妃となり、その里帰りのために大観園という壮大な庭園が造られる。宝玉と、黛玉、宝釵をはじめとする従姉妹たちがここに住む。
宝玉と黛玉は幼い頃から近く、互いを最もよく理解している。だが黛玉は疑い深く、宝玉が宝釵と親しくすればすぐに傷つき、涙を流す。宝玉は科挙の勉強を勧める者を嫌い、勧めない黛玉だけが自分を分かっていると考える。父の賈政は宝玉の生き方を許さず、厳しく打ち据える。
日常が積み重ねられていく。海棠の詩を作る会が開かれ、菊の詩の題を分け合う。散った花を埋めに行った黛玉が、花を葬る歌をうたう。女中の晴雯が濡れ衣で追い出されて死に、宝玉は追悼の文を書く。祖母にあたる賈母を中心に一族が集まる祝宴のかたわらで、金銭の工面は苦しくなっていく。
賈家は不正の嫌疑を受け、家産を没収される。宝玉は、口に含んで生まれた玉を失って呆けた状態になる。一族は、宝玉の縁組を宝釵と決める。黛玉と結婚させると告げて宝玉を承知させ、婚礼の当日、花嫁の被り物の下にいたのは宝釵だった。同じ夜、黛玉はそれまでに書いた詩稿を焼き、息を引き取る。
宝玉は正気を取り戻し、宝釵との間に子をもうけ、科挙に合格する。だが試験場から戻らない。雪の中、父の乗る船の前に、僧と道士を伴って現れ、深く礼をして去っていく。玉は元の石に戻り、その表面には、この一部始終が刻まれていた。