阿Q正伝
- 作者
- 魯迅
- 成立
- 1921-1922
- 国
- 中国
- 時代
- 近現代
概要
1921年12月から1922年2月にかけて、北京の新聞『晨報』の付録に連載された中篇小説である。全九章。
主人公の阿Qは、江南の村の日雇い労働者である。定まった家も職も姓もない。名も分からない。 語り手は冒頭で、伝記を書こうとしても姓が分からず、名の音は分かるが字が特定できず、籍貫も不明だと述べる。そこで、当時の表記に倣ってアルファベットのQを当てる。
阿Qの特徴は、あらゆる敗北を勝利に読み替えることにある。殴られれば「息子に殴られたようなものだ」と考え、賭けで巻き上げられれば自分で自分の頬を打って、打った側になったことにする。この心の働きを、作中では「精神勝利法」と呼ぶ。
背景には辛亥革命がある。1911年に清朝が倒れ、共和国が成立した。だが村の権力構造は変わらない。阿Qは革命に加わろうとして拒まれ、最後は他人の起こした強盗事件の犯人として処刑される。
新聞連載として、毎週一章ずつ書かれた。当初は滑稽な読み物として始まり、連載が進むにつれて調子が重くなる。魯迅自身が後に、執筆時の予定より早く主人公を殺したと述べている。
作品名の「正伝」は、伝記の格式を指す語をわざと持ち出したものである。第一章「序」では、伝記には列伝、自伝、内伝、外伝、別伝、家伝、小伝といった種類があると並べ、そのどれにも当てはまらないと述べる。正史の体裁を借りて、名もない者を書くという枠組みが、ここで示される。
連載中、作者名は「巴人」という筆名で伏せられていた。誰が書いているのか分からないため、自分が風刺されているのではないかと疑う読者が現れたという逸話が残る。
辛亥革命は1911年、この小説の執筆はその十年後にあたる。革命が社会の構造を変えなかったことへの認識が、作品の背景にある。
文学史における評価と影響
中国近代文学で最も知られた作品である。中国国外でも早くから訳され、ロマン・ロランが高く評価したと伝えられる。
「阿Q精神」「精神勝利法」という語は、作品を離れて日常語になった。敗北を認めず、都合よく解釈して自尊心を保つ態度を指す。当時、この批判は中国の国民性に向けられたものとして受け取られた。 列強に敗れ続けながら、なお自らを中華と考える意識への批判という読みである。
同時に、阿Qを国民性の象徴として読むことには留保が要る。作中の阿Qは、村の中で最も弱い立場にあり、その精神勝利法は、他に生き延びる手段のない者の防衛でもある。軽蔑の対象として書かれているのか、同情の対象として書かれているのかは、読みの分かれる点にあたる。魯迅自身は、自分は「国民の魂」を書こうとしたと述べている。
辛亥革命の描き方も、この作品の要点をなす。革命は起きるが、村の権力を握るのは以前からの有力者であり、看板が変わるだけである。革命に参加したい者が、参加を拒まれるという構図が置かれる。魯迅の革命観を示すものとして繰り返し論じられてきた。
政治的な受容は複雑である。中華人民共和国の成立後、魯迅は国民的な作家として位置づけられ、この作品も封建社会への批判として教育に用いられた。一方、精神勝利法の批判が体制の側にも向きうることから、時期によって扱いが揺れた。
日本では早くから訳され、太宰治が魯迅の仙台時代を主題にした小説『惜別』を書いている。訳は複数あり、狂人日記と合冊のものが多い。
あらすじ
阿Qは村の土地神の廟に寝起きし、日雇いで生計を立てている。姓も名も定かでない。誰からも軽んじられているが、本人は自分を尊いと思っている。かつて趙家の旦那と同姓だと言い出して、殴られて姓を名乗ることを禁じられた。
村の若者にからかわれ、辮髪をつかまれて壁に頭を打ちつけられる。阿Qは「息子に殴られたようなものだ」と考え、満足して立ち去る。賭博で儲けた金を騒動の中で失ったときは、自分の頬を二度打ち、打った相手になったつもりで満足する。
尼寺の若い尼をからかい、頬を撫でて笑われる。その夜、女に触れた感触が離れず、趙家の女中の呉媽に「一緒に寝よう」と言って騒動になる。棒で叩き出され、賠償を課され、村で仕事がもらえなくなる。
食い詰めて村を出て、しばらくして戻ってくると、身なりがよく金を持っている。町で盗みの一味の見張りをしていたのだが、村人はその事情を知らず、態度を改める。阿Qが恐れられたのはこの時期だけである。
やがて革命の噂が届く。城内で革命党が動いたと聞き、村の有力者たちが動揺する。阿Qは、これまで自分を虐げてきた者が慌てるのを見て痛快に思い、自分も革命党になろうと決める。その中身は、財産と女を思うままにすることでしかない。 廟で「造反だ」と叫んでみる。
ところが、実際に革命党を名乗ったのは、趙家と結んだ地元の有力者と、町から戻った「にせ毛唐」だった。阿Qが仲間に入れてくれと頼むと、杖で追い払われる。権力の顔ぶれは変わらず、阿Qは加われない。
まもなく趙家に強盗が入る。阿Qは事件の夜に外にいたことから捕らえられる。取り調べで何を問われているか分からず、白状しろと言われて、供述書に丸を描かされる。丸をうまく書けなかったことを気に病む。
市中を引き回され、銃殺される。処刑の途中、阿Qは何か言おうとするが言葉にならず、群衆の目が狼の目のように見える。村の評判は、あの男は悪い奴だった、銃殺は見応えがなかった、というものだった。