聊斎志異
- 作者
- 蒲松齢
- 成立
- 1700頃
- 国
- 中国
- 時代
- 元明清
概要
清初の蒲松齢が生涯にわたって書き継いだ短篇集である。約500篇を収める。題は「聊斎——作者の書斎の号——における怪異の記録」を意味する。
内容は怪異譚である。狐が美女に化けて書生と交わり、死んだ女が幽霊となって現れ、道士が術を用い、動物が人間に変わる。狐と幽霊が最も多く登場し、いずれも人間の女性の姿をとって書生の前に現れることが多い。
分量は篇によって大きく異なる。数十字で終わる断片もあれば、数千字にわたる中篇もある。
文体は文語で書かれている。同時代の長篇小説が話し言葉に近い白話を用いていたのに対し、この作品は古典的な文語の簡潔な文章による。内容は民間の怪談でありながら、文体は士大夫のものである。
多くの篇の末尾に「異史氏曰く」として作者の評が置かれる。『史記』の「太史公曰く」の形式を借りたもので、寓意を示したり、社会への批判を述べたりする。
蒲松齢は1640年、山東省淄川の生まれ。若くして科挙の地方試験に首席で合格し、将来を嘱望されたが、その後の郷試には生涯合格できなかった。 七十一歳でようやく歳貢生という名誉的な資格を得ている。
生計は、地方の富裕な家での家庭教師で立てた。四十年近く同じ家に住み込みで教えている。
執筆は二十代から始まり、生涯続いた。伝承では、村の道端に茶を用意して通行人に怪異の話を語らせ、材料を集めたという。この逸話の信憑性は疑われているが、素材の多くが民間の伝承にもとづくことは確かである。
刊行は生前になされなかった。1715年に死去し、写本の形で流通したのち、1766年に初めて刊行された。六十年以上を経ての刊行である。
科挙に落ち続けたことは、作品に反映されている。試験制度と役人の腐敗を扱う篇が多く、「王子安」では、落第した書生が酔って合格の幻を見る様子が描かれる。ある篇には、受験者が試験場で味わう七つの姿を檻の中の蜂や病んだ鳥にたとえる記述がある。
文学史における評価と影響
文言小説——文語による短篇——の到達点とされる。中国には六朝時代の志怪、唐代の伝奇という怪異譚の伝統があり、この作品はその系譜の最後にして最高の達成と位置づけられる。
同時代の長篇小説が白話で書かれていたことと対比される。18世紀の中国では、紅楼夢をはじめ白話の長篇が発展しており、文語の短篇は古い形式だった。古い形式で書きながら内容の水準を上げた点が、この作品の特異さにあたる。
内容の面では、狐や幽霊が人間よりも情に厚く、誠実な存在として描かれることが多い。人間の社会のほうが冷たく不正であるという構図が、多くの篇に共通する。役人の腐敗、科挙の理不尽、金による裁判の歪みが、怪異の枠を借りて描かれる。
女性の描かれ方も注目される。異類の女たちは自ら選んで男のもとに来て、家を切り盛りし、時に去っていく。当時の現実の女性には許されなかった行動の自由が、狐や幽霊という形でのみ書かれうる、という指摘がある。
後続への影響では、清代に模倣作が多数書かれた。紀昀は、この作品が細部を描きすぎて怪談の作法から外れていると批判し、自ら簡潔な体裁の怪異集を編んでいる。
日本での受容も古い。江戸期の上田秋成の雨月物語は、中国の白話小説を主な材源としており、この作品と直接の関係はないが、同種の系譜として並べて論じられる。近代では芥川龍之介、太宰治が翻案を書いている。
日本語訳は複数あり、選集の形で読まれることが多い。映画・ドラマの題材としても繰り返し用いられている。
内容
代表的な篇をいくつか挙げる。
「嬰寧」は、笑い続ける少女を扱う。書生が山中で出会った美しい娘は、何を言われても笑っている。連れ帰って妻にするが、隣人をからかって死なせる騒動を起こす。実は狐と人間の間に生まれた娘で、母は幽霊だった。正体を明かしたのち、嬰寧は笑わなくなる。
「聶小倩」は、寺に泊まった書生のもとに、若い女の幽霊が現れる話である。妖怪に使役されて男を殺すよう命じられていたが、書生の正しさに打たれて事情を明かす。書生は遺骨を掘り出して改葬し、後に妻として迎える。
「画皮」は、美しい女の正体が、人の皮を被った鬼だったという話である。皮を床に広げ、筆で彩色している場面が描かれる。夫は心臓を抉られて死に、妻が道士の指示に従い、乞食の吐いたものを飲んで夫を蘇らせる。
「促織」は怪異の要素が薄く、社会批判の色が濃い。宮廷が闘蟋蟀(こおろぎ相撲)を好んだため、地方に上納が課される。良いこおろぎを得られない父が追い詰められ、息子が誤ってそれを死なせてしまう。息子は井戸に身を投げ、魂がこおろぎに変じて父を救う。制度の犠牲が子どもに及ぶ構造が示される。
「席方平」は、父の仇を討つため冥界の役所に訴え出る話である。冥界の役人が賄賂を受け取って判決を曲げ、訴えた者が拷問を受ける。地獄の官僚制が、地上のそれと同じものとして描かれる。
「黄英」は菊の精、「香玉」は牡丹の精を扱う。植物が人の姿をとって書生と暮らす話が複数ある。