金瓶梅

作者
作者不詳
成立
16世紀
中国
時代
元明清

概要

16世紀後半、明の万暦年間に成立した長篇小説である。全100回。作者は「蘭陵の笑笑生」という号でしか知られておらず、正体は不明である。

出発点は水滸伝にある。武松が兄を毒殺した義姉の潘金蓮とその相手の西門慶を討つ挿話を取り出し、そこで西門慶が殺されなかったらどうなるかという形で話を展開させる。題名は、潘金蓮・李瓶児・龐春梅という三人の女性の名から一字ずつ取ったものにあたる。

内容は、山東の地方都市に住む薬屋の主人西門慶の生活である。商売、賄賂、官職の購入、宴会、家庭内の妻妾の争い、そして性愛。歴史上の英雄も神仙も出てこない。 描かれるのは、日常の欲望と金銭の動きだけである。

性描写が多く、そのために禁書とされ続けた。ただし作品全体に占める割合は限られており、大部分は日常生活の詳細な記述に費やされる。衣服、料理、贈答、儀礼、薬、遊興の費用が具体的に記される。

成立の事情はほとんど分かっていない。16世紀末に写本が文人の間で回覧されていた記録があり、1617年頃に最初の刊本が出たとみられる。

作者「蘭陵笑笑生」の正体については、明代の文人の名が数十人挙げられてきたが、決着していない。作者不明のまま四百年が経過している。

本文には二つの系統がある。1617年頃の刊本にもとづく詞話本と、17世紀半ばの崇禎本である。崇禎本は文章を整え、冒頭を書き換え、詩詞を削っている。清初に張竹坡が評を付した版が広く流通した。

禁書の歴史が長い。清朝は繰り返し禁令を出し、中華民国期にも、中華人民共和国成立後も、完全な形での一般刊行は制限された。削除版が流通するのが通例で、無削除の本文は研究者向けに限られる時期が長く続いた。

日本では江戸期に伝わり、翻案が作られている。

文学史における評価と影響

四大奇書の一つに数えられる。他の三作——三国志演義水滸伝西遊記——が講釈と伝承から育ったのに対し、この作品は個人による創作である。 素材は既存の小説から借りているが、話の運びも人物の造形も作者の手による。この点で、中国の長篇小説が集団の物語から個人の作品へ移る転換点に位置する。

内容の面では、市井の日常だけで長篇を成立させたことが最も大きい。英雄も神仙も歴史上の事件もなく、商人の家の内部と、その周囲の取引と人間関係だけが描かれる。写実的な長篇小説の起点として位置づけられる。

明代後期の社会を知る資料としての価値も高い。商業の実態、官と商の癒着、贈答の慣行、物価、衣食住の細部。歴史書が記さない生活の水準が、この作品には残っている。

紅楼夢への影響は直接的である。一つの家の内部を舞台に、多数の女性を書き分け、日常の細部を積み重ね、最後に家が没落する。この構成は明らかにこの作品を踏まえている。清代の評者もその関係を指摘してきた。

評価は長く二分されてきた。淫書として退ける立場と、社会を暴いた傑作とする立場である。魯迅は『中国小説史略』で、この作品を人情小説の代表として扱い、当時の世相を描いた点を評価しつつ、性描写の過剰も指摘した。

日本語訳は複数あり、全訳も読める。長く、人物が多い。

あらすじ

西門慶は、山東清河県の薬屋の主人である。財を持ち、遊興に耽り、すでに複数の妻妾を抱えている。

隣家の武大の妻潘金蓮に目をつける。仲介の王婆を通じて関係を持ち、露見を恐れて武大を毒殺する。武大の弟で虎退治で名を上げた武松が戻り、復讐しようとするが、賄賂によって西門慶は難を逃れ、武松は流刑になる。

潘金蓮は第五夫人として西門家に入る。家には正妻の呉月娘のほか、複数の妾がおり、序列と寵愛をめぐる争いが続く。

西門慶は、友人の妻だった李瓶児を第六夫人に迎える。李瓶児は財産を持ち込み、男児を産んだため寵愛を集める。潘金蓮はこれを妬み、猫を使って幼児を驚かせて死なせる。李瓶児は嘆きのうちに病んで死ぬ。

西門慶は、賄賂によって官職を買い、地方の武官の地位を得る。裁判に手を回し、商売を広げ、権勢を強める。宴会と贈答の記述が長く続き、当時の社会での金と人脈の動き方が示される。

女中の龐春梅は潘金蓮に仕え、その引きで西門慶とも関係を持つ。

西門慶は、房中薬を過剰に用いた末に急死する。三十三歳だった。主人の死とともに、家は急速に崩れる。 妾たちは散り、財産は失われ、番頭は店の金を持って去る。

潘金蓮は家を出され、武松に討たれる。春梅は他家に転じて夫人の地位に上るが、やはり過度の情交の末に死ぬ。

呉月娘は、西門慶の死の日に生まれた男児孝哥を育てる。金と戦乱を逃れて寺に身を寄せた際、僧に、この子は西門慶の生まれ変わりであり、出家させなければ家は絶えると告げられる。月娘は子を差し出す。血脈は断たれ、家は終わる。

登場する文学史