天路歴程

原題
The Pilgrim's Progress
作者
ジョン・バニヤン
成立
1678
イギリス
時代
17-18世紀

概要

1678年に刊行された寓意物語である。作者バニヤンは、正規の教育をほとんど受けていない、鋳掛屋(金物の修理職人)だった。非国教徒の説教師として、無許可の説教をした罪で、長く投獄された。この作品の大部分は、その獄中で書かれた。

物語は、夢の形をとる。語り手が見た夢の中で、「クリスチャン(キリスト教徒)」という名の男が、旅をする。男は、自分の住む「滅亡の町」が、やがて滅びると知り、家族を残して、一人、「天の都」を目指して旅立つ。 その道中のさまざまな試練と出会いが、描かれる。

登場する人物、場所、事物のすべてが、寓意である。主人公クリスチャンは、信仰を求める魂そのもの。道中で出会う人物には、「信仰」「希望」「無知」「おしゃべり」といった、抽象的な名がつけられている。場所も、「絶望の泥沼」「虚栄の市」「死の陰の谷」などと呼ばれる。信仰の道のりを、寓意的な旅として描く。

平易な言葉で書かれ、庶民に広く読まれた。聖書に次いで、英語圏で広く読まれた書物とも言われる。

バニヤンは1628年の生まれ。貧しい鋳掛屋の家に育ち、正規の教育は、ほとんど受けなかった。若い日に、深刻な宗教的な回心を経験し、非国教徒(イングランド国教会に属さないプロテスタント)の説教師となった。

王政復古後、非国教徒の集会と説教は、法で禁じられた。バニヤンは、無許可で説教を続けたため、十二年余りにわたって、投獄された。 この作品は、その長い獄中生活の中で、構想され、書かれた。獄中で、聖書と、数冊の宗教書だけを頼りに、この物語を紡いだ。

刊行は1678年。たちまち、爆発的に売れた。 バニヤンの生前だけで、版を重ねた。庶民が、自分の言葉で読める、平易な信仰の物語として、広く受け入れられた。

文学史における評価と影響

英語で書かれた寓意物語の最も成功した例である。そして、英語圏で、聖書に次いで広く読まれた書物の一つとされる。

この作品の意義は、まず、その普及の広さにある。教養ある読者だけでなく、庶民が読める文学として、これほど広く行き渡った書物は、稀である。平易で、力強い言葉。誰もが共感できる、旅という枠組み。それらが、この作品を、あらゆる階層に届けた。多くの家庭で、聖書とともに、この書が読まれた。

寓意の手法は、スペンサー妖精の女王のような、宮廷的で洗練された寓意とは、対照的である。バニヤンの寓意は、素朴で、直接的で、力強い。神学の議論を、誰にでも分かる、具体的な旅の物語に翻訳した。 この抽象を具体に変える力が、この作品の生命である。

小説史における位置づけも、注目される。まだ「小説」という形式が確立する前の時代に、この作品は、一人の主人公が、試練を通じて成長していく物語を、生き生きと描いた。後の小説の遠い先駆として位置づけられることがある。18世紀に本格化するイギリス小説は、この作品の物語の伝統を、部分的に受け継いでいる。

後世への影響も広い。多くの作家が、少年時代に、この書を愛読したことを、証言している。作中の「虚栄の市」という言葉は、サッカレーの小説の題名にも、用いられた。

日本でも、明治期に訳され、キリスト教の受容とともに、読まれてきた。訳は複数ある。

あらすじ

ある男が、背中に重い荷を背負い、手に一冊の書物(聖書)を持って、苦悩している。読んだ書物によって、自分の住む「滅亡の町」が、天の火によって滅ぼされることを知ったのである。男は、いかにして救われるかを求めて、苦しむ。「伝道者」という人物が現れ、遠くに輝く光を目指して、旅立つよう告げる。

男——クリスチャン——は、家族の引き止めを振り切って、旅立つ。だが、その道は、平坦ではない。まず、「絶望の泥沼」にはまり込む。次に、「世知者」という人物に唆され、危うく道を誤りかける。だが、伝道者に諭され、正しい道、「狭い門」へと向かう。

門をくぐったクリスチャンは、旅を続ける。十字架のもとにたどり着いたとき、背負っていた重い荷が、ひとりでに転がり落ちる。 罪の重荷から、解放される。

以後、クリスチャンは、さまざまな試練に遭う。「困難の丘」を登り、「美しの宮」で憩う。「屈辱の谷」では、悪魔アポリオンと激しく戦い、これを退ける。「死の陰の谷」では、暗闇と恐怖の中を、進む。

「虚栄の市」に着く。ここは、あらゆる虚栄と欲望が売買される、市である。クリスチャンと、道連れの「フェイスフル(忠実)」は、この市の価値観になじまず、迫害される。捕らえられ、裁判にかけられる。フェイスフルは、処刑され、殉教する。 火刑に処されたフェイスフルの魂は、天の車で、天へと運ばれる。クリスチャンは、脱出し、新たな道連れ「ホープフル(希望)」とともに、旅を続ける。

さらに試練は続く。「疑惑の城」で、「絶望」という名の巨人に囚われ、死にかける。だが、「約束」という名の鍵を思い出し、脱出する。

ついに、二人は、天の都を望む地にたどり着く。だが、都に入るには、最後に、「死の川」を渡らなければならない。橋はない。クリスチャンは、川の深さに、恐怖し、沈みかける。だが、ホープフルに励まされ、信仰を取り戻して、川を渡りきる。対岸で、天使たちに迎えられ、栄光に包まれた天の都へと、迎え入れられる。 旅は、成就する。

(続く第二部では、クリスチャンの妻「クリスチアナ」と、子どもたちが、同じ旅をする物語が描かれる。)

作者

登場する文学史