失楽園

原題
Paradise Lost
作者
ジョン・ミルトン
成立
1667
イギリス
時代
17-18世紀

概要

一万行を超える長大な詩である。十二巻。脚韻を踏まない無韻詩で、一行一行が荘重に組み立てられている。声に出して読まれることを前提にした文体で、黙読すると重い。

主題は旧約聖書の創世記にある。神に反逆して天から堕とされた堕天使サタンが、神の新しい創造物である人間を誘惑する。アダムとイヴが禁じられた木の実を食べ、エデンの楽園を追われる。人間の原罪と楽園の喪失が、壮大な規模で描かれる。

冒頭でミルトンはこの詩の目的を宣言する。神の道を人間に対して正当化すること。 全能で善なる神が、なぜ人間の堕落と悪の存在を許したのか。神学の根本の問いに、詩の全体で答えようとしている。

ところが、実際に読むと最も生き生きしているのはサタンである。堂々たる威厳、雄弁、不屈の意志。神を弁護するために書かれた詩で、神に反逆した者が最も魅力的に描かれている。この食い違いが、この作品をめぐる論争の中心にある。

書かれたのは政治的な敗北の後だった。ミルトンは清教徒であり共和主義者で、クロムウェルの共和政府に要職として仕え、国王の処刑を著作で擁護した。1660年に王政が復古すると、革命に加担した者として危険な立場に置かれ、一時投獄されている。楽園の喪失という主題は、この経験と重ねて読まれてきた。

さらに、この詩を書いたときミルトンは完全に失明していた。過労が原因である。一万行の詩を頭の中で構成し、口述して娘や書記に書き取らせた。

文学史における評価と影響

英語による叙事詩の最高傑作とされる。ホメロスウェルギリウスの古典叙事詩の伝統を、キリスト教の主題によって英語で受け継いだ。その無韻詩と壮大な構想は、後の英詩に絶大な影響を与えた。

最大の論点はサタンの造形である。その不屈の意志と雄弁は読者を引きつける。詩人ブレイクは、ミルトンは悪魔の側に立ちながらそれに気づいていなかった、という趣旨のことを述べた。作者の意図に反して、サタンが事実上の主人公になっているのではないか。 この問いはロマン派以来くり返し論じられてきた。ロマン主義の時代には、サタンは抑圧に抗する英雄的な反逆者として読み直されている。

主題としては、自由意志と神の摂理の関係が中心にある。神は人間の堕落を予知している。だが人間は自由な意志で堕ちる。予知と自由は両立するのか。 ミルトンはこの難問に正面から取り組む。人間が自由であるからこそ、その堕落には意味があり、贖いの可能性もある、というのがその答えにあたる。

「幸いなる堕罪」という逆説も、この作品に関わる。人間は堕落したが、その堕落があったからこそ、キリストによる救済というより大きな恵みがもたらされた。この観念が、結末の悲しみと希望の入り混じった調子を支えている。

あらすじ

物語は、堕天使たちが天から堕とされた直後から始まる。神に反逆して敗れたサタンとその一党は、燃える地獄の湖に打ち倒されている。だがサタンは屈しない。天で仕えるよりは地獄で君臨するほうがましだと豪語する。仲間を奮い立たせ、地獄に壮麗な宮殿パンデモニウム(万魔殿)を建てる。

堕天使たちは会議を開き、神への復讐の方法を議論する。正面から天に攻め入るのは無理である。そこでサタンは計画を提案する。神が新たに創造したという人間の世界。その人間を誘惑して堕落させることで、神に一矢報いる。サタンは単身でこの任務を引き受け、 地獄を出て混沌を越え、新しく創られた世界へ旅立つ。

場面は天上に移る。神はサタンの企てをすべて見通しており、人間が誘惑に負けることも予知している。だが人間には自由意志が与えられている。人間は自分の意志で堕ちるのである。 神の子は、堕落する人間を救うため、自らがその罪を贖うことを申し出る。

サタンはエデンの楽園にたどり着く。そこには最初の人間、アダムとイヴが無垢の幸福のうちに暮らしている。二人の美しさと幸福を見て、サタンは一瞬心を動かされる。だが復讐の意志を抑えきれない。

大天使ラファエルが神の命でアダムに警告を与えに来る。天でのサタンの反逆とその顛末を語り、誘惑に用心するよう告げる。

そして誘惑の場面。サタンは蛇の姿を借りてイヴに近づく。この木の実を食べれば、神のように善悪を知ることができる。イヴは誘惑に負けて禁断の木の実を食べ、アダムにも勧める。アダムはイヴが堕ちたことを知って絶望する。そしてイヴを失いたくない一心から、罪を分かち合うことを選び、木の実を食べる。

罪を犯した二人は無垢を失う。互いを責め合い、羞恥を知る。神の裁きが下され、二人は楽園を追われることになる。大天使ミカエルが楽園の外へ導き、その際にアダムへ人類の未来を見せる。カインとアベルから、大洪水、そしてキリストによる救済まで。

アダムとイヴは手を取り合って楽園を後にする。世界はすべて二人の前にあった。 楽園は失われたが、二人は涙を拭い、新たな世界へ歩み出していく。この悲しみとかすかな希望の入り混じった結末で詩は閉じられる。

作者

登場する文学史