ジャン・ラシーヌ
- 生没
- 1639–1699
- 国
- フランス
- 時代
- 17世紀
何をやったか
厳格な規則の内側で、悲劇の密度を極限まで高めた。 三単一(筋は一つ、場所は一つ、時間は一日以内)を守りながら、逃げ場のない状況を作り上げている。
フェードル(一六七七年)が代表作である。義理の息子への恋を自覚した王妃が、それを言葉にした瞬間から破滅へ進む。動きはほとんどない。 人が入ってきて、話し、出ていく。それだけで密室が成立する。
言語も特徴的である。使用語彙が極端に少ない。 日常語を排し、限られた高雅な語だけで書く。貧しい素材で最大の緊張を作るという方向であり、これも制約を強度に変える発想である。
フェードルの後、劇作から離れて宮廷の修史官になった。晩年に宗教劇を二作書いている。
文学史における位置
ピエール・コルネイユとしばしば対比される。コルネイユの人物は意志によって義務を選ぶが、ラシーヌの人物は情念に負ける。 人間は自分を超えられるという前提と、超えられないという前提の違いである。
17世紀フランス古典主義の到達点とされる。三単一の規則は窮屈に見えるが、観客が信じられる嘘の範囲を限定すれば、その中で起きることの密度が上がるという考え方に立っており、フェードルはその最も成功した例である。
イギリスには同じ規則がなかった。シェイクスピアは何年もの時間を飛ばし、国をまたぎ、悲劇に道化を出す。同じ十七世紀の演劇が、海峡をはさんで正反対の原理で動いていたことになる。
代表作
- 『アンドロマック』(一六六七年)— 出世作
- 『ブリタニキュス』(一六六九年)— ローマを舞台にした政治悲劇
- フェードル(一六七七年)— 代表作
何から読むか
フェードルから入るのが順当である。戯曲なので短い。
ただし、筋を追うだけでは面白さが分からない種類の作品である。事件が起きないため、言葉の緊張と、人物が自分の情念をどう言語化していくかに注目する読み方が要る。
韻文で書かれているため、訳によって印象が変わる。註のある版だと神話の背景が補える。
この先へ
- 時代の中で見る: フランス文学 17世紀
- 関連する思潮: 古典主義