エセー
- 原題
- Essais
- 作者
- ミシェル・ド・モンテーニュ
- 成立
- 1580
- 国
- フランス
- 時代
- 16世紀
概要
1580年に第一巻と第二巻が刊行され、1588年に第三巻が加えられた随想集である。モンテーニュは死ぬまで自分の本に書き込みを続けており、その加筆を反映した版が1595年に出ている。全百七章。
原題の essai は「試み」を意味する語で、当時は文学の形式を指す言葉ではなかった。モンテーニュがこの語を題に使ったことから、以後この形式そのものが「エセー」「エッセー」と呼ばれるようになる。
扱う主題に制限がない。友情、悲しみ、嘘つき、教育、食人種、経験、馬車、親指、そして自分の腎臓結石。章の長さも数ページから百ページ以上まで幅がある。
読者への序文で、モンテーニュは目的を述べる。名誉のためでも、他人に何かを教えるためでもない。親族や友人が、自分の死後にこれを読んで生前の自分を思い出す手がかりにするためだ、と書かれる。そして、私自身がこの本の題材である、と続く。
モンテーニュは1533年、ボルドー近郊の領地に生まれた。父の方針で、幼少期はラテン語だけで育てられ、フランス語より先にラテン語を覚えた。
ボルドー高等法院の法官を務めるが、1570年、三十七歳でその職を売り、領地の塔に引きこもる。書斎の梁には、ラテン語とギリシア語の格言が刻まれていた。執筆はここで始まる。
執筆の背景には二つの出来事がある。
一つは、親友ラ・ボエシの死である。1563年に病死した。モンテーニュは第一巻の「友情について」でこの関係を扱い、なぜあの人を愛したのかと問われたら、あの人だったから、私だったから、としか答えようがない、と書いた。
もう一つは宗教戦争である。1562年から三十年以上、フランスはカトリックとプロテスタントの内戦状態にあった。1572年の聖バルテルミの虐殺では、パリで数千人が殺された。何が正しいかをめぐって人が殺し合う状況が、判断の保留という立場の背景にある。
モンテーニュは隠遁後もボルドー市長を二期務め、両派の調停にも関わった。1592年に死去している。
なおこの本は1676年、ローマ教皇庁の禁書目録に載せられた。
文学史における評価と影響
エッセーという形式の起源として扱われる。定まった構成を持たず、主題を移りながら、書き手自身が前面に出る文章。ベーコンが1597年に同じ題の本を出しているが、こちらは箴言に近く、性格が異なる。
自分について書くという点も新しかった。当時、書物は普遍的なことを扱うものであり、書き手個人の日常や身体は題材にならない。モンテーニュは自分の食事、睡眠、病気を書いた。その理由を、自分は自分について最もよく知っているからだと説明している。
判断の保留という立場も、この本の中心にある。何かを断定する前に、反例と例外を並べ、結論を先送りする。これは怠惰ではなく方法として選ばれている。宗教戦争のさなかで、確信が人を殺すのを見た経験がその背景にある。
後世への影響は広い。シェイクスピアは英訳を読んでおり、『テンペスト』に「食人種について」からの引用がある。パスカルはパンセでモンテーニュを繰り返し批判しながら、その論法を使っている。ルソーの告白も、自分について書くという点でこの系譜にある。
日本では、兼好法師の徒然草と並べて論じられることが多い。成立は徒然草のほうが二百年以上早い。
内容
第一巻には短い章が多い。古典からの引用と、そこに触発された考察という形が中心になる。
「悲しみについて」「怠惰について」「嘘つきについて」といった主題が並ぶ。方法はおおむね同じで、古代の逸話をいくつか並べ、そこから一般化を試み、途中で反例に気づいて留保をつける。
「子どもの教育について」では、記憶に詰め込む教育を批判する。生徒に自分で判断させ、他人の説をそのまま繰り返させないことが説かれる。よく詰まった頭より、よくできた頭を、という言い方がされる。
「食人種について」では、新大陸から連れて来られた先住民の話を扱う。その部族は戦いで捕らえた者を食べる。だがヨーロッパ人は、生きている人間を拷問にかけ、宗教の名で殺し合っている。どちらが野蛮か、と問う。
第二巻の中心に「レーモン・スボンの弁護」がある。この一章だけで百五十ページを超え、全体の性格を決めている。
表向きは、神の存在を理性で証明したスボンという神学者を擁護する体裁をとる。だが議論は途中から、人間の理性そのものへの疑いに向かう。
感覚は当てにならない。同じ物が、見る条件によって違って見える。動物にも知性のようなものがある。哲学者たちは互いに矛盾したことを言い続けてきた。ある国で正しいとされることが、別の国では罪になる。
ここでモンテーニュの標語が出る。私は何を知っているか。断定ではなく問いの形で、判断を保留する立場が示される。モンテーニュはこの言葉を刻んだメダルを作らせた。
第三巻は章が長く、引用が減り、自分についての記述が増える。
「後悔について」では、自分の書き方が説明される。自分は存在を描くのではなく、移り行きを描く。人は日ごとに変わるので、書いているそばから対象が変わっていく。
「経験について」が最後の章にあたる。ここでモンテーニュは自分の身体について詳しく書く。何を食べるか、どう眠るか、腎臓結石の痛みがどう来るか。医者への不信も述べられる。
末尾で、人間の条件が確認される。世界で最も高い玉座に座っても、人は自分の尻の上に座っているにすぎない。この一句で本が閉じられる。