イギリス20世紀以降

イギリス文学 20世紀以降

通史では、この時代を「外から書き返される」と要約した。ここではその中身を開く。

二十世紀の英文学には、他の時代にない特徴がある。中心にいる書き手の多くが、イギリス人ではない。

ジョゼフ・コンラッドはポーランドに生まれ、英語は三番目に覚えた言語だった。ジェイムズ・ジョイスW・B・イェイツはアイルランド人である。T・S・エリオットはアメリカ生まれで後に帰化した。英文学史はこれらの作家を自分のものとして扱ってきたが、当人たちの立場は単純ではない。

世紀の入口 — 帝国を内側から書く

ジョゼフ・コンラッド闇の奥(一八九九年)は、アフリカにおけるヨーロッパの所業を描いた。帝国の全盛期に、その中枢を空虚として書いた作品である。

ただし今日では読み方が割れている。アフリカを「暗黒」として描く枠組み自体が植民地主義的だ、という批判が一九七〇年代以降に提起された。帝国批判の作品なのか、帝国的な視線の産物なのか。この議論は決着していない。

E・M・フォースター『インドへの道』も、支配する側とされる側の理解の限界を扱う。

一九二二年 — モダニズムの記念碑

この年、ユリシーズ荒地が同じ年に出た。

ジェイムズ・ジョイスユリシーズは、ダブリンの一日を七百頁以上で書く。各章が異なる文体で書かれホメロスオデュッセイアの構造が下敷きになっている。最終章は句読点のない長大な独白である。

刊行当初、猥褻を理由にアメリカとイギリスで発禁になった。 一九三三年のアメリカでの判決で解禁され、この判決は表現の自由をめぐる重要な前例になっている。

T・S・エリオット荒地は、文明の廃墟を引用の断片で組み立てた詩である。複数の言語、神話、俗謡が並置され、註がなければ意味が取れない。

同じ年、フランスではマルセル・プルーストが死んでいる。意識の流れという方法が、示し合わせたわけでもなく複数の国で同時期に現れた(横断年表)。

ヴァージニア・ウルフダロウェイ夫人(一九二五年)と灯台へ(一九二七年)で、外的な事件ではなく意識に映るものを書いた。 ジョイスが章ごとに文体を変える外向きの実験をしたのに対し、ウルフは意識の推移そのものを滑らかに書く方向へ進んだ。

評論『自分ひとりの部屋』(一九二九年)では、女性が小説を書くには金と鍵のかかる部屋が要ると論じた。文学の問題を経済の問題として言い切った点で、今も引かれ続けている。

三〇年代 — 政治の時代

大恐慌とファシズムの台頭が、文学を政治へ向かわせた。

W・H・オーデンらの詩人が左翼的な立場から書き、スペイン内戦には各国から作家が参加した。ジョージ・オーウェルも参加して喉を撃たれている

ジョージ・オーウェルは体験を思想に変換した作家である。ビルマで帝国警察に勤め、パリとロンドンで貧困を経験し、スペインで銃撃された。

『動物農場』(一九四五年)と一九八四年(一九四九年)は、全体主義が言語そのものを支配する仕組みを描いた。「ニュースピーク」「二重思考」といった語彙は、作品を離れて政治の議論で使われ続けている。

言葉が支配の道具であるという主題は、征服された言語から出発した英文学の歴史と呼応している。

オルダス・ハクスリーすばらしい新世界(一九三二年)は、抑圧ではなく快楽による支配を描いた点でオーウェルと対をなす。

戦後 — 帝国の解体と、書き返し

第二次大戦後、イギリスは植民地を次々に失う。そして旧植民地の作家たちが、英語で書き返しはじめた。

サルマン・ラシュディ『真夜中の子供たち』(一九八一年)は、インド独立の瞬間に生まれた子供たちを魔術的な語りで書いた。英語で書かれたインドの物語である。後に『悪魔の詩』をめぐって死刑宣告を受け、長く潜伏生活を送った。

カズオ・イシグロは日本で生まれ、五歳でイギリスへ渡った。日の名残り(一九八九年)で書いたのは、イギリスらしさの典型とされる執事である。外から来た書き手が、その国の自己像を最も精密に描いたという構図になっている。二〇一七年にノーベル文学賞を受けた。

ドリス・レッシングはイランに生まれ、ジンバブエで育った。V・S・ナイポールはトリニダード出身である。

「英文学」がイギリス文学を意味しなくなった。 今日この語は、英語で書かれた文学全体を指す。

演劇と小説の実験

サミュエル・ベケットはアイルランド人でフランス語でも書いたが、英語圏の演劇にも決定的な影響を与えた。ハロルド・ピンター会話の沈黙と間によって、背後の暴力や支配関係を感じさせる方法を作った。

ウィリアム・ゴールディング蠅の王(一九五四年)は、無人島に流れ着いた少年たちが野蛮に転落する過程を描く。人間性への信頼が戦争によって失われた後の作品である。

アンジェラ・カーターは童話を書き換え、イアン・マキューアンは心理の緊張を扱い、フィリップ・ラーキンは日常の失望を平明な言葉で詩にした。

この時代をどう読むか

中身
中心の移動世紀の入口から、主要な書き手がイギリス人でなくなっていた
一九二二年ユリシーズ荒地。意識の流れが国をまたいで同時発生
言語と支配ジョージ・オーウェルの主題は、この文学史の出発点(征服された言語)と呼応する
書き返し帝国が解体し、旧植民地の作家が英語で書きはじめた

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