ハムレット
- 原題
- Hamlet
- 作者
- ウィリアム・シェイクスピア
- 成立
- 1600頃
- 国
- イギリス
- 時代
- ルネサンス
概要
1600年前後に書かれた五幕の悲劇である。デンマークの王子ハムレットが、父王を毒殺して王位と母を手に入れた叔父クローディアスに復讐するまでを描く。約4000行あり、シェイクスピアの全作品の中で最も長い。
筋そのものは、当時流行していた復讐劇の型をなぞっている。復讐すべき相手が判明していて、機会もあり、それでも主人公は行動しない。復讐が果たされるのは第五幕の終わり、それも自分が毒剣で致命傷を負ったあとである。この遅延の理由が作品の中に説明されていないため、四百年にわたって解釈が積み重ねられてきた。
長さの大半を占めるのはハムレットの独白である。独白(soliloquy)は、舞台上で人物が一人になり、心中を観客に向けて語る形式を指す。「生きるべきか、死ぬべきか」で始まる第三幕の一段は、その中でも最もよく知られている。ここでハムレットが論じているのは復讐ではなく、死後に何が待つか分からないために人は生き続けるのだ、という一般論である。
1600年から1601年ごろの執筆と推定されている。1602年に出版業組合の登録簿に記載があり、それ以前に上演されていたことが分かる。
材源は北欧の伝説である。12世紀のデンマークの歴史家サクソ・グラマティクスが『デンマーク人の事績(Gesta Danorum)』に記したアムレスという王子の話が原型で、これが16世紀フランスのベルフォレによる翻案を経てイングランドに伝わった。伝説のアムレスは狂気を装って生き延び、復讐を果たして王になる。ためらいの要素はここにはない。
さらに、1589年ごろのロンドンに『ハムレット』という先行作が存在したことが、同時代の言及から分かっている。台本は残っておらず、研究上は原ハムレットと呼ばれる。作者をトマス・キッドとする説があるが確定していない。キッドは『スペインの悲劇(The Spanish Tragedy)』で復讐劇の型を作った劇作家である。
テクストが三種類あることも、この作品の扱いを難しくしている。1603年の第一・四つ折本は他の版より大幅に短く、有名な独白の文言も違う。俳優の記憶に頼って再構成された海賊版と見るのが有力である。1604年から翌年にかけての第二・四つ折本が最も長い。1623年の全集版はそれとも異同があり、第二・四つ折本にある独白の一つを欠く。現在流通している本文の多くは、複数の版を編集者が組み合わせたものである。
文学史における評価と影響
エリザベス朝の復讐劇では、復讐者の前に立ちはだかるのは外側の障害だった。相手が権力を持っている、証拠がない、近づけない。この作品では相手は同じ城内におり、証拠も第三幕で得られる。それでも復讐は進まない。障害が主人公の内側にあるという点が、当時の型から外れていた。行動しない時間が、そのまま人物の内面として立ち上がることになる。
なぜ遅れるのかは、解釈史そのものになった。ゲーテはヴィルヘルム・マイスターの修業時代の中で、繊細な魂に対して重すぎる任務が課されたのだと説明した。コールリッジは、思考が過剰なために行動の力が痩せた人物と見た。20世紀初頭には精神分析の側から、叔父のしたことが自分の抑圧された願望と重なるために手が出せないのだ、という読みが提出された。T・S・エリオットは逆に、ハムレットの感情に見合う事実が作品の中に配置されていないとして、この作品を失敗作と断じている。どれも決着していない。
人物としてのハムレットは、英語圏の俳優にとって最大の役であり続けている。舞台の解釈は時代ごとに変わり、狂気をどこまで本物として演じるか、オフィーリアへの態度をどう扱うかが毎回の焦点になる。
日本には明治期に入った。1911年、坪内逍遥の訳により文芸協会が帝国劇場で上演し、シェイクスピア劇の本格的な翻訳上演の出発点となった。
派生作品も多い。トム・ストッパードの戯曲『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ(Rosencrantz and Guildenstern Are Dead)』は、脇役の二人の側から同じ事件を眺める。黒澤明の映画『悪い奴ほどよく眠る』は、舞台を戦後日本の汚職事件に移している。「生きるべきか、死ぬべきか」「尼寺へ行け」といった台詞は、作品を離れて通用する句になった。
あらすじ
デンマークのエルシノア城。先王ハムレットが急死し、弟クローディアスが王位につき、先王の妃ガートルードと結婚した。王子ハムレットは一人だけ喪服のままでいる。城壁の夜警に先王の亡霊が現れ、ハムレットは対面する。亡霊は、昼寝中に耳へ毒を注がれてクローディアスに殺されたと告げ、復讐を命じる。ハムレットは狂気を装うことにする。
宰相ポローニアスは、王子の変調を娘オフィーリアへの恋のせいだと考える。王は学友ローゼンクランツとギルデンスターンを呼び寄せて探らせる。旅の役者一座が城に来たとき、ハムレットは亡霊の言葉を確かめる手を思いつく。毒殺の場面を含む芝居を演じさせ、王の反応を見るのである。
上演の日、王は場面の途中で顔色を変えて席を立つ。確信を得たハムレットは、一人で祈るクローディアスの背後に立つが、祈りの最中に殺せば魂は天国へ行くと考えて刺すのをやめる。続いて母の部屋で問い詰め、壁掛けの後ろに人の気配を感じて剣を突き刺す。隠れていたのはポローニアスだった。
王はハムレットをイングランドへ送り出し、密書で現地に殺させようとする。ハムレットは船上で密書をすり替え、海賊船との遭遇を利用して帰国する。その間にオフィーリアは正気を失い、川で溺れて死ぬ。父を殺され妹を失ったレアティーズが帰国し、王と結んで剣術試合を仕組む。
墓地でハムレットは、掘り返された道化ヨリックの頭蓋骨を手に取る。そこへオフィーリアの葬列が来る。試合の日、レアティーズの剣先には毒が塗られ、王は毒を入れた杯も用意していた。ガートルードが誤ってその杯を飲み、倒れる。二人とも毒剣で傷つき、レアティーズが陰謀を明かして死ぬ。ハムレットはクローディアスを刺し、残った毒杯を飲ませる。友人ホレイショーに事の次第を語り伝えてくれと言い残して死ぬ。ノルウェーの王子フォーティンブラスが軍を率いて入城し、王位を継ぐ。