ミシェル・ド・モンテーニュ
- 生没
- 1533–1592
- 国
- フランス
- 時代
- 16世紀
何をやったか
エセー(初版一五八〇年)を書いた。「エセー」という語はもともと「試み」を意味する。この人物がその語を今日の「随筆」の意味に変えた。
方法が独特である。主題は自分自身で、「私自身が私の書物の素材だ」と冒頭近くで断っている。論を進めて反対の例を並べ、結論を出さずにそのまま置く。 さらに、書き直さずに書き足す。昔の記述を消さずに後年の考えを継ぎ足すため、矛盾がそのまま残っている。
法官を務めた後、三十代で公職を退いて塔の書斎にこもり、死ぬまで増補を続けた。ボルドー市長も務めており、完全な隠遁者ではない。
文学史における位置
「自分について書く」という主題の起点にあたる。 この系譜は二百年後のジャン=ジャック・ルソー『告白』へ、さらに19世紀のロマン主義へつながる。通史で述べた「フランス文学は自分自身を素材にし続ける」という筋の出発点である。
書かれた時代を押さえると意味が変わる。宗教戦争の最中である。 一五七二年のサン・バルテルミの虐殺をはじめ、信仰の名のもとに隣人が殺されていた。そのなかで彼は「私は何を知っているか」と問い、断定を留保することそのものを一つの態度として提示した。
実践もしている。ボルドー市長として両派の間を調停し、カトリックでありながらプロテスタント側のナヴァール王アンリとも交渉を持った。
イギリスのベーコンがエッセイの形式を英語圏に持ち込んでおり、ヨーロッパ全体の散文に影響した。
代表作
- エセー(一五八〇年初版、以後増補)— 全三巻
何から読むか
通読するより、目次から気になる章を拾い読みするのに向いている。 章ごとに独立しており、順番に読む必要がない。
「子供の教育について」「食人種について」「経験について」などが入りやすい。「食人種について」は、新大陸の風習を野蛮と決めつける自国の側を問い直す章で、彼の相対化の姿勢がよく出ている。
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