ジョン・ダン

- 原綴
- John Donne
- 生没
- 1572–1631
- 出身
- ロンドン
- 国
- イギリス
- 時代
- ルネサンス
生涯
1572年、ロンドンのカトリックの家に生まれた。当時のイングランドでカトリックは迫害される立場にあり、後に国教会へ改宗している。有能な青年として出世を望んだが、雇い主の姪との秘密結婚が発覚して職を追われ、長く不遇の日々を送った。
四十代の半ば、国王の勧めもあって国教会の聖職者となり、やがてロンドンのセント・ポール大聖堂の首席司祭にのぼった。死を見つめた力のこもった説教で知られる名説教者となり、恋愛詩を書いた青年期とは対照的な後半生を歩んだ。
作風
比喩の使い方に大きな特徴がある。恋人の別れをコンパスの二本の脚にたとえるように、一見かけ離れたものを大胆に結びつけ、理屈で押し進めていく。この奇抜で凝った比喩は「コンシート(奇想)」と呼ばれる。
話し言葉に近い荒々しい調子で、恋の情熱や信仰の苦悩を、感情と理知を一つに溶かして歌う。整った甘い調べを避け、思考そのものを詩にした。
作品
恋愛詩を集めた『歌とソネット(Songs and Sonnets)』では、肉体と精神の愛が、機知に満ちた論法で歌われる。後年の宗教詩『聖なるソネット(Holy Sonnets)』は、死と罪と救いをめぐる魂の格闘を刻んでいる。「死よ、驕るなかれ」で始まる一篇がよく知られる。
説教や瞑想を記した散文も残し、そのなかの「何人も孤島ではない」という一節は、後に広く引かれる言葉になった。
文学史における立ち位置と影響
ダンは、17世紀に現れた一群の詩人——奇抜な比喩と理知的な議論を特徴とする「形而上詩人」——の中心に置かれる。整った調べを重んじる古典主義の時代には、その難解さゆえに低く見られた時期もあった。
しかし20世紀に入り、エリオットをはじめとするモダニズムの詩人たちが、思考と感情を一つに結ぶその手法を高く評価し、再発見した。知と情を分けないダンの詩は、近代の詩の一つの手本として読み直されている(モダニズム)。