マクベス

原題
Macbeth
作者
ウィリアム・シェイクスピア
成立
1606頃
イギリス
時代
ルネサンス

概要

1606年前後に書かれた五幕の悲劇である。約2100行しかなく、シェイクスピアの悲劇の中で最も短い。筋も単純で、主人公が王を殺し、その位を守ろうとして殺人を重ね、討たれるまでを一直線にたどる。

作品の大部分は、殺人そのものではなく、殺す前のためらいと殺したあとの恐怖に費やされる。マクベスは第一幕からすでに、王殺しが自分の破滅を招くことを理路整然と述べている。それでも実行する。動機が説明されないまま行為が進むという点で、悲劇の型としては異例である。悪の側に立った人物の内側から語られる悲劇として読まれてきた。

暗い場面が多い。夜、霧、血、眠り。作中では「眠り」が繰り返し出てきて、王を殺した直後にマクベスは、自分は眠りを殺したという声を聞いたと言う。以後、夫婦とも眠れなくなる。

現在の本文は1623年の全集版にしか残っていない。生前の四つ折本がなく、他の版と比較できないため、本文の異同を検討する手がかりが乏しい。

1606年ごろの執筆と推定されている。同時代の上演記録に1611年のグローブ座での上演があり、それ以前の成立は確実だが、正確な年は分かっていない。

材源はラファエル・ホリンシェッドの『イングランド・スコットランド・アイルランド年代記(Chronicles)』である。史劇の材源としても繰り返し使われた歴史書で、実在の11世紀のスコットランド王マクベスの記述がある。ただし史実のマクベスは十七年間統治し、暴君として記録されているわけではない。ダンカンは寝込みを襲われたのではなく戦闘で死んだ。年代記にある別の王の暗殺の記述を、シェイクスピアがマクベスの話に移している。

1603年にスコットランド王ジェームズ六世がイングランド王ジェームズ一世として即位し、シェイクスピアの劇団は国王一座となった。この作品の設定は新王に直接関わる。ジェームズはバンクォーの子孫を称しており、作中でバンクォーは殺されても血筋は続く人物として描かれる。第四幕では、その子孫にあたる王たちの姿がマクベスに幻として示される。ジェームズはまた魔女術について自ら本を著しており、魔女を舞台に出すことも王の関心に沿っていた。

1605年の火薬陰謀事件との関連も指摘される。国王と議会を爆破しようとした計画が発覚した翌年にあたり、王殺しを主題にしたこと、門番の場面に「二枚舌」への言及があることが、事件後の裁判で問題になった曖昧な誓いの是非と結びつけて読まれてきた。

魔女の場面の一部は、後年トマス・ミドルトンが加筆したものと考えられている。第三幕第五場と第四幕の歌は、ミドルトンの別の劇と重なる。

文学史における評価と影響

主人公が犯罪者である悲劇という点が、まず特異である。同時代の劇では、悪事を働く人物は裁かれる対象として外側から描かれた。この作品では、王殺しを決断するまでの逡巡も、殺したあとの不眠と幻覚も、すべて本人の言葉で語られる。観客は加害者の意識の内側に置かれる。悪をなす人間を内側から書く方法は、ここから後の小説へつながっていく。

マクベス夫人は、英語圏の演劇で最も演じられてきた女性役の一つである。前半では夫を動かす側にいて、後半では夫が単独で殺人を重ねるようになり、逆に自分が壊れていく。手を洗い続ける夢遊の場面は、その転倒を一場で見せる。

言葉としても数多く残った。「きれいは汚い、汚いはきれい」という魔女の台詞、消えろという命令とともに手の血を落とそうとする夢遊の場面、人生を歩き回る役者にたとえる独白。最後の独白に出る「音と怒り(sound and fury)」の句は、後世の小説の題名に取られている。

英語圏の劇場には、この作品の題名を劇場内で口にすると災いが起きるという迷信がある。「あのスコットランドの劇」と言い換える習慣が今も残っている。起源は分かっておらず、上演事故の記録が積み重なった結果とみられる。

日本では坪内逍遥の訳以来くり返し翻訳・上演されてきた。黒澤明の映画『蜘蛛巣城』は、舞台を戦国日本に移し、魔女を糸を紡ぐ物の怪に、バーナムの森を蜘蛛手の森に置き換えている。原作の枠組みを保ったまま別の文化に移した翻案として、国際的にも評価が高い。

あらすじ

スコットランドの荒野で、反乱を鎮圧して戻る途中の将軍マクベスとバンクォーの前に、三人の魔女が現れる。マクベスはコーダーの領主になり、やがて王になると告げられる。バンクォーには、自分は王にならないが子孫が王になると告げられる。直後に王ダンカンの使者が来て、コーダーの領主に任じられたことを知らされる。予言の一つが当たる。

手紙で知らせを受けたマクベス夫人は、夫には野心はあるが手を汚す非情さが足りないと判断する。ダンカンがマクベスの城に宿泊することになり、夫人はその夜に殺すよう説く。マクベスは、王は自分の主君であり客であり善政を敷いている、殺す理由がないと言って一度は断る。夫人は、それでも男かと責め、乳飲み子の脳を叩き出すことさえ誓ったならやると言い放つ。マクベスは従う。

夜、マクベスは空中に短剣の幻を見ながら王の寝室へ入り、刺す。手が血まみれのまま戻り、短剣を現場に置いてくることもできない。夫人が代わりに戻って、酔わせておいた護衛に血を塗りつける。翌朝、死体が発見されると、マクベスはその場で護衛二人を斬り殺す。王の息子マルカムとドナルベインは身の危険を感じて国外へ逃れ、その逃亡が疑いを招く。マクベスが王位につく。

王になったマクベスは、バンクォーの子孫が王になるという予言を恐れ、刺客を送る。バンクォーは殺されるが、息子フリーアンスは逃げのびる。その夜の宴で、マクベスにだけバンクォーの亡霊が見え、空席に向かって叫び出す。夫人がその場を取り繕い、客を帰す。

再び魔女を訪ねると、三つの言葉が示される。マクダフに用心せよ。女から生まれた者にマクベスは倒せない。バーナムの森がダンシネインの丘へ動いてこない限り滅びない。森が動くはずはないと考え、マクベスは安心する。マクダフがイングランドへ去ったと知ると、その城を襲わせ、妻と子を皆殺しにする。

マクベス夫人は夢遊状態で夜ごと歩き回り、手を洗い続け、この手から血の匂いが消えないと呟く。まもなく死ぬ。自死とほのめかされるが、明示はされない。知らせを受けたマクベスは、人生は舞台の上をしばらく歩き回る役者にすぎず、何の意味も持たない物語だという趣旨を語る。

マルカムとマクダフの軍がバーナムの森に着き、兵に木の枝を切って掲げさせる。丘の上からは森が動いて見える。予言の二つ目も、マクダフが月足らずで腹を裂いて取り出された子だったことで破れる。マクベスは討たれ、首が掲げられる。マルカムが王位につく。

作者

登場する文学史