荒地
- 原題
- The Waste Land
- 作者
- T・S・エリオット
- 成立
- 1922
- 国
- イギリス
- 時代
- 20世紀以降
概要
1922年に発表された長篇詩である。全五部、約430行。20世紀のモダニズム詩を代表する作品にあたる。同じ年にジョイスのユリシーズも刊行されており、1922年はモダニズム文学の画期の年とされる。
主題は第一次世界大戦後のヨーロッパの精神的な荒廃である。大戦はそれまでの価値観と秩序を壊した。信仰も意味も失われた不毛の時代を、題名の「荒地」が指している。
形式が極めて断片的である。筋がなく、一貫した語り手もいない。さまざまな声、場面、時代が脈絡なく並べられる。ロンドンの情景、神話、歴史、酒場での会話が交錯し、英語だけでなくドイツ語、フランス語、イタリア語、ラテン語、サンスクリットの引用がちりばめられる。エリオット自身が巻末に注をつけているが、その注もまた難解だとして議論の的になった。
内容は五つの部分に分かれる。第一部「死者の埋葬」は、四月が最も残酷な月だという一行で始まる。春は普通なら再生の季節だが、ここでは眠っていた根を無理に起こす残酷なものとして現れる。死んだような冬のほうが安らかだった、という感覚が冒頭に置かれる。
第二部「チェスの勝負」では、豪奢な部屋にいる上流の夫婦と、酒場で夫の帰還について話す下層の女たちが対比される。どちらの場面でも会話が噛み合わない。第三部「火の説教」はテムズ川のほとりの退廃した情景を描く。神話の予言者ティレシアスが、タイピストと事務員の味気ない情事を傍観する。
第四部「水死」は十行ほどしかない。フェニキアの商人が溺れ死ぬ場面である。第五部「雷の言ったこと」では、水を求めて乾いた岩山をさまよう幻想が続き、最後にインドの聖典から取られた三つの言葉が雷の声として響く。与えよ、共感せよ、自制せよ、という意味になる。詩は平安を意味するサンスクリットの語を三度繰り返して終わる。この結末を救いへのかすかな希望と読むか、断片の寄せ集めにすぎないと読むかは、解釈が分かれてきた。
T・S・エリオットは1888年、アメリカの生まれである。後にイギリスに帰化した。ロイズ銀行に勤めながら詩を書いている。
この詩の成立には二つの要素が深く関わる。一つは作者自身の危機である。執筆当時、妻との不和と過労から神経衰弱に陥っており、療養中のスイスで大部分を書いた。
もう一つは詩人エズラ・パウンドによる編集である。エリオットは完成した長い草稿をパウンドに見せた。パウンドはその半分近くを削り、章ごとまるごと落とした箇所もある。この削除によって詩は凝縮され、今日の断片的な形になった。エリオットはこの詩をパウンドに献じ、より優れた職人と呼んで功績を認めている。削除前の草稿は後に発見され、刊行された。
文学史における評価と影響
モダニズム詩の記念碑である。20世紀の詩のあり方を決定的に変えた。
この詩が示したのは、断片を並べるという方法である。統一された意味や物語を提示せず、脈絡のない断片を置く。その断片の集まり方そのものが、崩れた世界の姿を映す。壊れた世界を、壊れたまま差し出すという発想にあたる。
多言語の引用と暗示も核心にある。過去のあらゆる文学と神話が断片として呼び出される。かつての豊かな文化と、それが失われた現在との落差が、そこで示される。この方法が詩に重層的な意味を与えると同時に、難解さの原因にもなっている。
精神的な荒廃という主題は、大戦後の時代の気分を鋭く捉えた。ヨーロッパの文明への信頼が打ち砕かれた直後にあたる。この詩は、意味を失った世代の感覚を代弁するものとして受け止められた。
エリオットはこの後、次第にキリスト教信仰に傾いていく。後年の『四つの四重奏』では、この詩の絶望よりも救いへの道が探られる。だが出発点としてのこの詩の影響は絶大だった。
日本でも繰り返し訳され、論じられてきた。戦後日本の詩にも影響を与えており、鮎川信夫らが同人誌に「荒地」の名を掲げたことはよく知られる。