20世紀のフランス文学 — プルースト・サルトル・カミュ
20世紀以降のフランス文学には一つの型がある。前の世代が作ったものを、次の世代が壊す。19世紀から続く運動だが、壊す対象が「規則」ではなく小説という形式そのものになった点が違う。
心理を捨て、筋を捨て、登場人物を捨て、最後には文学とは何かを問うところまで行く。ここではその過程と、果てに何が残ったかを追う。
20世紀フランスの主な作品
| 作品 | 発表 | 作者 | 位置づけ |
|---|---|---|---|
| 失われた時を求めて | 1913〜1927年 | マルセル・プルースト | 全7篇。書くことについて書く |
| 『シュルレアリスム宣言』 | 1924年 | アンドレ・ブルトン | 自動記述を提示 |
| 夜の果てへの旅 | 1932年 | ルイ=フェルディナン・セリーヌ | 話し言葉を文体の原理に |
| 嘔吐 | 1938年 | ジャン=ポール・サルトル | 実存主義の小説 |
| 異邦人 | 1942年 | アルベール・カミュ | 意味の不在から出発する |
| 星の王子さま | 1943年 | アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ | 童話 |
| 第二の性 | 1949年 | シモーヌ・ド・ボーヴォワール | 女は作られるという主張 |
| ゴドーを待ちながら | 1952年刊 | サミュエル・ベケット | 不条理演劇 |
| 愛人 ラマン | 1984年 | マルグリット・デュラス | 反復する文体 |
| 場所 | 1983年 | アニー・エルノー | 父の生を社会的事実として書く |
プルーストは、この本を書くに至る過程そのものを書いた
プルーストの失われた時を求めては1913年から、死後の1927年にかけて刊行された。この世紀の入口にあり、同時に19世紀の完成でもある。
主題は記憶であり、同時にこの本を書くに至る過程そのものである。語り手は最後に、自分が書くべき本を発見する。読者がいま読み終えた本がその本である、という円環になっている。書くことについて書くというこの構造が、世紀の性格を最初に決めた。
第一篇は自費出版だった。大手のガリマール社が原稿を断っており、その判断に関わったジッドは後に、生涯最大の過ちとして詫びる手紙を書いている。
第一次大戦の後、シュルレアリスムが理性の統制を外した
1914年からの戦争は、ヨーロッパの価値を破壊した。理性が進歩をもたらすという信念が、機械化された殺戮の前で崩れる。
その破壊を引き受ける形で、まずダダが起きた。芸術そのものを否定する運動である。それを継いで、ブルトンが1924年に『シュルレアリスム宣言』を発表した。
方法は自動記述である。理性の統制も、美的・道徳的な配慮もすべて外し、湧いてくるままに書く。フロイトの無意識の理論が背景にあり、ブルトン自身が戦時中に神経医学に携わった経験を持つ。
エリュアールは愛と自由を平明な言葉で歌い、アラゴンは後に運動を離れて共産党の側へ行った。政治との関係をめぐる分裂が、この運動には一貫してつきまとう。影響は文学の外へ広く出て、絵画、写真、映画、そして日本を含む各国の前衛へ届いている(シュルレアリスム)。
セリーヌは、話し言葉のリズムを文体の原理にした
セリーヌは1932年の夜の果てへの旅で、書き言葉と話し言葉の境界を壊した。俗語、省略、感嘆、途切れる文。耳で聞こえる言葉のリズムを、そのまま文章の原理にしている。 戦争、植民地、アメリカの工場、パリの貧民街を、一貫した嫌悪の目で描いた。文体の革新としては20世紀で最も大きいものの一つである。
しかしセリーヌは1930年代後半に激烈な反ユダヤ主義の文書を発表し、対独協力者として戦後に亡命・投獄された。
作品と書き手をどう切り分けるか。この問題を、フランス文学はこの作家をめぐって今日まで扱い続けている。文体を評価することと思想を免罪することは別だ、という立場が一般的だが、議論は決着していない。
実存主義は、世界に意味がないという前提から始めた
第二次大戦、占領、レジスタンス、解放。この経験の上に戦後の文学が立つ。
サルトルは「実存は本質に先立つ」と定式化した。人間はまず存在してしまい、後から自分が何であるかを選び取るしかない。したがって人は自由の刑に処されている。あわせて「アンガージュマン(社会参加)」を掲げ、作家は自分の時代に対して責任を負うと論じた。
カミュの異邦人(1942年)は、母の葬儀で泣かなかった男が、殺人の裁判でそのことを咎められる話である。世界に意味はないという前提から出発して、それでもどう生きるかを問う。ボーヴォワールの第二の性(1949年)の「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」という一文は、その後のフェミニズムの出発点の一つになった。
ただし二人は決裂している。カミュは自分が実存主義者と呼ばれることを拒み、1952年にソ連の収容所をめぐる政治的立場でサルトルと絶交した。一つの流派として括ることには、当人たちの側から異論があった(実存主義)。
1950年代、小説から筋と登場人物が捨てられた
戦後十年ほどで、今度は小説の形式そのものへの攻撃が始まる。
ロブ=グリエは、物に人間的な意味を読み込む書き方(比喩、擬人化)を批判し、物は人間と無関係にそこにある、という前提から書くべきだと主張した。心理も筋も捨て、描写だけを積み上げる。この一群をヌーヴォー・ロマンと呼ぶ。サロートは逆方向から同じ地点へ向かい、名づけられる感情の手前にある微細な動きを捉えようとした。デュラスは反復の多い独特の文体を作り、映画へも進んでいる。
同じ頃、ベケットがゴドーを待ちながらを書いた(1952年刊、翌年初演)。二人の男が誰かを待ち、来ないまま終わる。アイルランド生まれの作家がフランス語で書いた作品が、フランス演劇の代表作になっている。 イヨネスコはルーマニア出身で、英会話教則本の例文から『禿の女歌手』を作った(不条理演劇)。
1960年代以降、フランスは文学理論の中心になった
1960年代から80年代にかけて、フランスは文学理論の世界的な中心になる。構造主義、、ポスト構造主義。ロラン・バルトの「作者の死」、ミシェル・フーコーの言説分析、ジャック・デリダの脱構築。
作品そのものより、文学について考える枠組みがフランスの最大の輸出品になった時期である。この理論は英語圏の大学へ渡り、今日の文学研究の基礎の一部になっている。
なお、作者を作品から切り離すという発想の先駆はプルーストのサント=ブーヴに反論するにある。世紀の入口の作家が、世紀後半の理論を先取りしていた。
壊し続けた末に残ったのは、自分の生を書くことだった
ペレックは自分に規則を課して書いた。長篇『煙滅』では、フランス語で最も頻出する文字「e」を一度も使わずに書いている。言葉遊びに見えるが、両親はホロコーストと戦争で失われており、欠けているものを形式そのもので示す試みとして読まれている。
近年のノーベル文学賞受賞者を見ると、この文学の現在地が分かる。ル・クレジオが2008年、モディアノが2014年、エルノーが2022年。
エルノーが書いてきたのは、自分の生である。労働者階級の出身であること、中絶の経験、母の死、恋愛。それを「私」の物語としてではなく、一つの社会的な事実として、装飾のない文体で書く。
壊し続けた末に残ったのが自分の生を素材にすることだったのは、偶然ではない。モンテーニュが16世紀に「私自身が私の書物の素材だ」と書いてから四百数十年、ルソーの告白から二百数十年。この文学の最も古い主題が、形を変えて続いている。
20世紀が壊したものの一覧
| 壊したもの | 誰が |
|---|---|
| 理性の統制 | アンドレ・ブルトンとシュルレアリスム |
| 書き言葉と話し言葉の境 | ルイ=フェルディナン・セリーヌ |
| 世界に意味があるという前提 | ジャン=ポール・サルトル アルベール・カミュ |
| 筋・心理・登場人物 | アラン・ロブ=グリエ ナタリー・サロート |
| 作者という権威 | 理論家たち(先駆はマルセル・プルースト) |