E・M・フォースター
- 原綴
- E. M. Forster
- 生没
- 1879–1970
- 出身
- ロンドン
- 国
- イギリス
- 時代
- 20世紀以降
生涯
1879年、ロンドンに生まれた。幼くして父を失い、母のもとで育った。ケンブリッジ大学に学び、当時この大学に集った、自由な精神をもつ知識人・芸術家の交わりに加わった。この集まりは、のちに作家ヴァージニア・ウルフらを含む「ブルームズベリー・グループ」と呼ばれた。
大学卒業後、イタリアやギリシャを旅した。この地中海世界での経験が、イギリスの因習的な社会と、より自由で情熱的な生き方とを対比させる、初期の小説を生んだ。
二度にわたってインドを訪れた経験から、代表作『インドへの道』が生まれた。だが、この作品を最後に、フォースターは長篇小説の筆を折った。以後、半世紀近く生きたが、小説はほとんど書かず、評論や随筆を残した。ケンブリッジ大学に迎えられ、静かな晩年を送り、1970年に没した。
作風
フォースターの小説の一貫した主題は、人と人との「つながり」である。異なる階級、異なる文化、異なる気質をもつ人間が、いかにして心を通わせうるか。そして、それがいかに難しいか。この、人間どうしの理解と断絶が、繰り返し描かれる。
「唯だ、つなげよ」という言葉が、その姿勢をよく示している。これは、小説『ハワーズ・エンド』に記された言葉で、散文の世界と情熱の世界、理性と感情、異なる階級の人々とを、結びつけよ、という願いである。ばらばらに切り離された人間や価値を、つなぎ合わせることに、フォースターは希望を託した。
その筆致は、抑制が効いていて、皮肉に富む。声高に主張するのではなく、登場人物の何気ない会話や、ふるまいの細部を通して、人間関係の機微や、社会の偽善を、静かに描き出す。この、穏やかでありながら鋭い観察が、フォースターの文体の特質である。
作品
『インドへの道(A Passage to India)』(1924年)
イギリス統治下のインドを舞台に、イギリス人とインド人が、たがいを理解しようとしながら、文化の断絶によって引き裂かれていくさまを描いた長篇である。ある事件をきっかけに、両者の間の溝が決定的になる。植民地における、支配する者とされる者の関係を、深く見つめた代表作にあたる。
『ハワーズ・エンド(Howards End)』(1910年)
イギリスの異なる階級に属する家族どうしの交わりを通して、「つなげよ」という主題を描いた小説である。
イタリアを舞台に、イギリスの因習と情熱的な生き方を対比させた『眺めのいい部屋』も、広く親しまれている。
文学史における立ち位置と影響
フォースターは、二十世紀前半のイギリスを代表する小説家の一人として文学史に名を残す。人間どうしのつながりと断絶という主題を、階級や文化、植民地という具体的な問題のなかで、繊細に描いた点に、その意義がある。
とりわけ『インドへの道』は、植民地支配のもとで、異なる文化の人々が理解し合うことの困難を、いち早く、そして誠実に見つめた作品として、高く評価されている。支配する側の作家でありながら、その関係の不正と限界を見据えたまなざしは、後の時代に、いっそう重く受け止められている。
自由と寛容を重んじる、その人間主義的な精神は、多くの読者に愛された。声高でなく、しかし芯の通ったその姿勢は、二十世紀イギリスの良心の一つとされている。