一九八四年

原題
Nineteen Eighty-Four
作者
ジョージ・オーウェル
成立
1949
イギリス
時代
20世紀以降

概要

1949年6月に刊行された長篇小説である。オーウェルは結核が進んだ状態で刊行を迎え、翌年1月に46歳で死去した。最後の作品にあたる。

舞台は1984年のロンドンで、ここはオセアニアという超大国の一州になっている。世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアの三国に分かれ、たえずどこかと戦争している。オセアニアを支配するのは「党」で、その頂点にビッグ・ブラザーという顔だけが掲げられている。実在するかどうかは作中で確かめられない。

全三部と、末尾に「ニュースピークの諸原理」という付録が置かれる。ニュースピークは党が作った人工言語で、語彙を計画的に減らし、体制に反する考えを言葉として組み立てられなくすることを目的としている。自由という語から政治的な意味を抜き、反対概念を表す語を消す。思想を取り締まる前に、思想を成り立たせる言葉のほうを消すという発想が、この作品の中心にある。

住居にも職場にも、送受信を同時に行うテレスクリーンが置かれ、切ることができない。表情のわずかな乱れも取り締まりの対象になる。矛盾する二つのことを同時に信じ、そう信じていること自体を忘れる精神の操作は、二重思考と呼ばれる。

1946年から1948年にかけて、スコットランド西岸のジュラ島で書かれた。妻を亡くしたあとの数年で、結核が進んでいた。人を雇う余裕がなく、寝床にタイプライターを置いて自ら清書したと伝えられる。1948年11月に脱稿し、翌年6月に刊行された。

先行するのはザミャーチンわれらである。オーウェルは1946年にこの小説の書評を書き、数の名で呼ばれる市民と全面的な監視という設定を高く評価していた。ハクスリーすばらしい新世界についても、ザミャーチンの影響下にあるのではないかと同じ書評で述べている。

体制の描写には、いくつかの実体験が入っている。スペイン内戦に義勇兵として加わったとき、共和国側の内部で粛清が起き、事実と異なる報道が国際的に流通するのを目撃した。第二次大戦中はBBCの対インド放送に勤め、戦時宣伝の実務を内側から見ている。真理省の仕組みには、この経験が反映されている。

主な標的がスターリン体制下のソ連であることは明らかだが、刊行直後にオーウェル自身が、社会主義や労働党への攻撃として読まれることを拒む声明を出している。描いたのは、どこの国でも権力を集中させれば起こりうる帰結だという趣旨である。題名の由来を執筆年1948年の下二桁の入れ替えとする説は広く知られているが、本人の証言はなく、確証はない。

文学史における評価と影響

この小説から出た言葉が、そのまま現実の政治用語になった。ビッグ・ブラザー、二重思考、ニュースピーク、思考警察、そして権威主義的な監視を形容する「オーウェル的」という語。作品を読んでいない人にも語彙だけが流通しているという点で、20世紀の小説の中でも例外的な位置にある。

ディストピア小説の系譜では、われらすばらしい新世界と並べて論じられるのが通例である。三作の支配の仕方は異なる。ザミャーチンでは理性と幾何学的秩序、ハクスリーでは快楽と条件づけ、オーウェルでは恐怖と苦痛が用いられる。刊行の年、ハクスリーはオーウェルに手紙を送り、支配の効率を考えれば体制は苦痛ではなく快楽によって人を従わせる方向へ進むだろうと述べている。どちらの予測が当たったかは、今も論じられる。

言語の問題を政治の中心に据えた点も、この作品の残したものである。オーウェルは1946年の評論「政治と英語」で、意味を曖昧にする決まり文句が政治的な欺瞞を可能にすると書いた。ニュースピークの設計は、その主張を極端まで進めた形になっている。

冷戦期には、東西いずれの側からも自陣営の主張に利用された。反共の宣伝として読まれる一方、資本主義国の監視体制への批判としても引かれた。作品そのものが政治的な道具になるという事態が、刊行直後から続いている。

1984年の到来に合わせて世界中で読み直され、以後も監視技術や情報の統制が問題になるたびに部数が伸びる。日本でも複数の訳が読める。

あらすじ

第一部。真理省記録局に勤めるウィンストン・スミスの仕事は、過去の新聞記事を現在の党の主張に合うよう書き換えることである。訂正前の紙は「記憶穴」に落とされて焼却され、党の予測が外れた事実そのものが消える。ウィンストンは古道具屋で買った日記帳に、日付と自分の考えを書きはじめる。それだけで死刑にあたる思考犯罪である。同じ部署の党内局員オブライエンに、体制に疑いを持つ者の気配を感じる。

第二部。若い女ジュリアから、廊下ですれ違いざまに紙片を渡される。「あなたを愛しています」とだけ書かれている。二人は郊外や雑踏で落ち合い、やがて古道具屋の二階のテレスクリーンのない部屋を借りて密会を重ねる。ジュリアの反抗には思想がなく、規則を破って自分の欲望を通すことだけが目的である。ウィンストンはオブライエンに呼ばれ、地下組織への加入を認められ、その指導者ゴールドスタインが書いたという本を受け取る。戦争が三国間の力関係を維持し、生産物を消費し続けるための装置であること、支配は少数者の権力そのものが目的であることが、そこに説明されている。読み終えた直後、部屋の絵の裏に隠されていたテレスクリーンから声が響く。オブライエンは思考警察の側だった。

第三部。愛情省に連行されたウィンストンを、オブライエン自身が尋問する。目的は自白ではない。党の言うことを心から正しいと思わせることである。指を四本立てて五本だと言わせ、拷問と薬物によって記憶と判断を作り替えていく。ウィンストンは思想を捨てるが、ジュリアへの愛だけは手放さない。最後に連れて行かれた101号室では、各人が最も恐れるものが用意される。ウィンストンの場合は鼠だった。籠が顔に近づけられたとき、ウィンストンは「ジュリアにやってくれ」と叫ぶ。裏切ったことで、守るべき内面が消える。

釈放されたウィンストンは、閑職を与えられ、カフェでジンを飲んで日を過ごす。一度だけジュリアと会い、互いに裏切ったことを確かめ合うが、何も残っていない。戦況を伝える放送を聞きながら涙を流し、ビッグ・ブラザーを愛していると悟るところで小説は終わる。

作者

登場する文学史