モダニズムとは? 意識の流れと断片で現実を捉え直した20世紀文学

発祥
イギリス
年代
1900–1945
主な国
日本フランスイギリスロシアドイツ

モダニズムは、19世紀の写実主義的な語りの枠組みを捨て、現実の捉え方そのものを問い直した20世紀前半の潮流である。第一次大戦がそれまでの価値を崩すと、従来の語り方では現実を書けないという意識が、複数の国で同時に広がった。

背景 — 「現実」が揺らいだ時代

なぜ、それまでの書き方では足りないと感じられたのか。20世紀の初め、人が現実を捉える枠組みそのものが、いくつも揺らいでいた。第一次世界大戦が、進歩を信じる19世紀の楽観を打ち砕く。フロイトの精神分析が、人の心の大半は本人にも見えない無意識だと告げる。アインシュタインの物理学が、時間や空間さえ見る者によって変わると示す。都市の速度や雑踏も、落ち着いて世界を見渡す視点を許さない。

こうして、「時間は順に流れ、確かな語り手が世界を見渡し、現実には一つの意味がある」という前提そのものが疑わしくなった。現実がこれほど不確かなら、それをそのまま写す新しい書き方が要る——モダニズムはここから出発する。

何を捨てたか

19世紀の小説には、暗黙の約束事があった。時間は順に流れ、語り手はすべてを知っていて、世界には意味がある——この三つである。モダニズムは、これを一つずつ外していった。

まず、時間を順に流さない。過去と現在が入り混じり、ふと蘇った記憶がそのまま現在の場面に食い込む。次に、全知の語り手を捨てる。人物の頭に浮かぶことを、整理も順序づけもせず、湧いてくるままに書く。これが「意識の流れ」と呼ばれる方法である。そして、世界にあらかじめ意味を与えない。断片を並べ、それをどうつなぐかは読者に委ねる。

1922年、複数の国で同時に

こうした実験が集中して現れたのが、1922年である。アイルランド出身のジョイスユリシーズが、ダブリンのある一日を七百頁かけて書き、その多くを意識の流れで埋めた。同じ年、エリオットの長詩荒地が、第一次大戦後の文明を、各国語の引用の断片を継ぎ合わせて組み立てた。同じ年にプルーストが、記憶をたどる大長篇『失われた時を求めて』を未完のまま遺して世を去っている。

若い頃のマルセル・プルーストの肖像写真。
記憶をたどる大長篇『失われた時を求めて』のマルセル・プルースト(1900年頃)。

これらは互いに示し合わせたわけではない。ウルフは意識の移り変わりを滑らかな文でとらえ、ドイツ語圏ではカフカが理由の説明を欠いた不条理な世界を書き、トーマス・マンは市民社会の没落を大きな構えで描いた。同じ方向の実験が、いくつもの国でほぼ同時に起きた。これがモダニズムの特徴で、一国の運動ではない。

日本の新感覚派

日本では横光利一川端康成らの新感覚派が、これに呼応した。感覚を直接に文へ移すという方法の意識は、ヨーロッパのモダニズムと同時代のものである。芥川龍之介も、古典を素材に理知的な構成を試みた点で、この潮流の周辺に置かれる。

注意したいのは、ヨーロッパの実験が翻訳を経て遅れて日本へ届いた、という関係ではないことである。ほぼ同じ時期に、並行して起きた。この同時性が、モダニズムを他の思潮と区別する(日本近代)。

後世への影響

モダニズムが切り開いた手法——意識の流れ、時間の解体、断片の配置、多視点——は、当初は難解とされながらも、やがて20世紀の文学の共有財産になった。今日ふつうに書かれる、内面をそのまま流す語りや、時系列を崩す構成の多くは、この時期の実験にさかのぼる。20世紀後半の小説は、モダニズムを受け継ぐか、それを乗り越えようとするかたちで展開していく(ヌーヴォー・ロマン)。

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