ジェイムズ・ジョイス
- 生没
- 1882–1941
- 国
- イギリス
- 時代
- 20世紀以降
何をやったか
言語の実験を極限まで進めた。 ユリシーズ(一九二二年)は、ダブリンの一日(一九〇四年六月十六日)の出来事を七百頁以上で書いた作品である。
各章が異なる文体で書かれている。新聞記事、教義問答、戯曲、通俗小説のパロディなど。最終章は句読点のない長大な独白である。ホメロスのオデュッセイアの構造が下敷きになっている。
意識の流れ(内的独白)の方法を確立した作品とされる。人物の思考を、整理せずに湧いてくるままに書く手法である。
最後の『フィネガンズ・ウェイク』では、複数言語を混ぜた造語で書かれており、通常の意味での「読む」ことが困難な作品になっている。
アイルランドを離れて生涯の大半をヨーロッパ大陸で過ごしたが、全作品でダブリンを書いた。
文学史における位置
モダニズムを代表する。 ユリシーズは同じ一九二二年に出たT・S・エリオットの荒地と並んで、モダニズムの記念碑とされる。同じ年にマルセル・プルーストが没しており、**意識の流れという方法が複数の国で同時期に現れたことになる。
ユリシーズは刊行当初、猥褻を理由にアメリカとイギリスで発禁になった。 一九三三年のアメリカでの判決で解禁され、この判決は表現の自由をめぐる重要な前例になっている。
英文学の中での位置が単純でない。 アイルランド人であり、英文学史はこの作家を自分のものとして扱ってきたが、当人はイギリスによる支配を強く意識していた。W・B・イェイツらのアイルランド文芸復興とも距離を取っている。
代表作
- 『ダブリン市民』(一九一四年)— 短篇集。最も読みやすい
- 『若い芸術家の肖像』(一九一六年)— 自伝的長篇
- ユリシーズ(一九二二年)— 代表作
- 『フィネガンズ・ウェイク』(一九三九年)— 極端な言語実験
何から読むか
『ダブリン市民』から入るべきである。 短篇集で文体も平明であり、後の実験の出発点にある関心(都市、麻痺、日常の啓示)が分かる。
ユリシーズは註と手引きなしに読み通すのは難しい。 章ごとの解説がある版を選ぶか、解説書を併用するのが現実的である。
この先へ
- 時代の中で見る: イギリス文学 20世紀以降
- 関連する思潮: モダニズム