サルマン・ラシュディ

原綴
Salman Rushdie
生没
1947–
出身
インド・ボンベイ(現・ムンバイ)
イギリス
時代
20世紀以降

生涯

1947年、インドのボンベイ(現・ムンバイ)に、イスラム教徒の家に生まれた。この年は、インドがイギリスから独立した年でもある。少年期にイギリスに渡って教育を受け、以後、イギリスを拠点に活動した。二つの文化のはざまに生きる経験が、その文学の土台となった。

1981年、『真夜中の子供たち』が、権威あるブッカー賞を受け、一躍、注目を集めた。だが1988年に発表した『悪魔の詩』が、イスラム教を冒涜するものと受け取られ、事態は一変する。イランの最高指導者が、ラシュディの殺害を命じる宗教令(ファトワ)を出したのである。

以後、ラシュディは長年にわたり、暗殺の脅威にさらされ、身を隠して暮らすことを余儀なくされた。近年に至っても、講演の場で襲撃を受けている。表現の自由と、宗教的な反発とのはざまで、その生涯そのものが、時代の一つの象徴となった。

作風

ラシュディの小説の特徴は、現実と幻想を大胆に混ぜ合わせる、その手法にある。歴史上の事実と、神話や空想、超自然の出来事とが、境目なく一つの物語に流れ込む。この、南米の文学などにも通じる手法は、マジックリアリズムと呼ばれる。ラシュディは、それをインドの豊かな物語の伝統と結びつけた。

歴史と個人が、たえず重ね合わされる。代表作『真夜中の子供たち』では、インド独立の瞬間に生まれた子供たちが、超自然の力をもち、その運命が、独立後のインドの歴史そのものと絡み合っていく。一人の人生が、国家の運命の寓話となる。

その文章は、豊かで、饒舌である。あふれるような言葉、脱線、言葉遊び、複数の言語の混交。この、めくるめく言葉の奔流が、ラシュディの物語に、独特の活力を与えている。異なる文化や言語が入りまじる、雑多で豊かな世界そのものが、その文体に体現されている。

作品

『真夜中の子供たち(Midnight's Children)』(1981年)

インドが独立した真夜中に生まれた子供たちを主人公にした長篇である。彼らは特殊な能力をもち、その運命は、独立後のインドの激動の歴史と分かちがたく結びつく。歴史と幻想を融合させたこの作品が、ラシュディの名を高め、ブッカー賞を受けた。代表作にあたる。

『悪魔の詩(The Satanic Verses)』(1988年)

インド人俳優たちの物語に、イスラムの成立をめぐる幻想的な場面を織り込んだ長篇である。その内容が宗教的な冒涜とされ、殺害令が出される事態を招いた。文学と信仰の対立の象徴となった作品である。

文学史における立ち位置と影響

ラシュディは、二つの文化のはざまから生まれる文学、いわゆるポストコロニアル文学を代表する作家として文学史に名を残す。旧植民地の出身者が、旧宗主国の言語で、自らの歴史と経験を語り直すその営みは、二十世紀後半の世界文学の、重要な潮流をなした。

とりわけ、歴史と幻想を融合させたその手法は、多くの作家に影響を与えた。マジックリアリズムを、インド亜大陸の物語の伝統と結びつけたその方法は、英語文学に新しい可能性を開いた。

『悪魔の詩』をめぐる事件は、文学の枠を越えて、表現の自由と信仰の対立という、現代の根本的な問題を突きつけた。作品と、その作者の受難とが、これほど分かちがたく結びついた例は稀である。時代を象徴する作家とされている。

登場する文学史