蠅の王
- 原題
- Lord of the Flies
- 作者
- ウィリアム・ゴールディング
- 成立
- 1954
- 国
- イギリス
- 時代
- 20世紀以降
概要
1954年に刊行された長篇小説である。作者ウィリアム・ゴールディングの最初の作品にあたる。
設定は単純である。戦争のさなか、疎開する少年たちを乗せた飛行機が撃墜され、少年たちだけが無人島に流れ着く。大人は一人もいない。自分たちで生き延び、救助を待たなければならない。
最初、少年たちは秩序を作ろうとする。リーダーを選び、集会を開き、規則を決める。だがその秩序は次第に崩れていく。恐怖と、狩りの興奮と、権力欲によって、少年たちは暴力へ傾いていく。そしてついに殺し合いが起きる。
この作品は、デフォーのロビンソン・クルーソー以来の無人島漂流物語を、逆向きにしたものにあたる。従来の漂流物語が人間の理性と勤勉による文明の再建を描いたのに対し、ここでは文明の皮を剥がされた人間が描かれる。
ゴールディングは1911年の生まれである。学校教師であり、第二次世界大戦には海軍士官として従軍した。戦争で人間がどこまで残虐になれるかを目の当たりにした経験が、この作品の暗い人間観の背景にある。
直接のきっかけは、19世紀の少年冒険小説『珊瑚島』への反発だった。この作品では無人島に漂着した少年たちが勇敢に協力して困難を乗り越える。ゴールディングはそれを楽観的すぎると考えた。大人の目がなくなったとき、少年たちは本当にそんなに立派に振る舞うのか。その問いへの答えがこの小説にあたる。ラーフとジャックという主要人物の名は、『珊瑚島』の登場人物から取られている。
1983年、ゴールディングはノーベル文学賞を受賞した。
文学史における評価と影響
人間の内側にある悪を描いた寓意小説として、20世紀文学に位置を占める。
中心にある主題は、文明の脆さである。少年たちは文明社会で育った普通の子どもだった。だが大人の監督と社会の制約がなくなると、内側から暴力が噴き出す。悪は外から来るのではなく、もともと人間のなかにある。恐れられていた獣が実は人間自身の心の闇だった、というサイモンの悟りが、この作品の思想を要約している。
この人間観は第二次大戦とホロコーストの経験を背景にしている。文明国であるはずの国が組織的な虐殺を行った時代の後で、人間の理性への信頼は根底から揺らいでいた。
無人島漂流物語の伝統を反転させた点も重要である。ロビンソン・クルーソーや少年冒険小説では、無人島は人間が知恵と勤勉によって文明を建て直す舞台だった。この作品では、同じ場所が人間性の崩れていく舞台になる。
作中の物にはそれぞれ役割が与えられている。秩序と発言権を表す法螺貝、理性と知性を表すピギーの眼鏡。それらが順に壊れていくことで、秩序の崩壊が目に見える形をとる。
日本でも複数の翻訳がある。学校の教材としてもしばしば取り上げられる、20世紀文学の古典である。
あらすじ
無人島に流れ着いた少年たちを、年長のラーフが法螺貝を吹いて集める。この法螺貝が集会の合図になり、持っている者だけが発言できる決まりができた。少年たちはラーフをリーダーに選び、救助の狼煙を絶やさないことを取り決める。太って眼鏡をかけたピギーは賢く現実的だが、体つきと喘息のためにいじめられる。
だが狩りを好む少年ジャックが次第に力を持ち始める。ジャックは豚を狩る一団を率いた。獲物を仕留めたときの高揚が少年たちを捉えていく。ジャックと仲間は顔に泥を塗り、狩りの踊りに熱狂するようになる。狼煙は消え、通りかかった船は島に気づかずに去った。
島には正体の分からない「獣」がいる、という恐怖が広がる。実際には墜落したパラシュート兵の死体にすぎない。だがその恐怖が少年たちをいっそう追い詰める。ジャックは狩った豚の生首を杭に刺し、獣への供物として立てた。蠅のたかるこの生首が、題名の「蠅の王」にあたる。
一人だけ離れて考えていた少年サイモンは、幻のなかでこの生首と対話する。そして悟る。獣とは外にいる怪物ではなく、人間自身の内側にあるものだ、と。この真実を伝えようと駆け下りてきたサイモンを、狩りの踊りに熱狂していた少年たちは獣と思い込み、寄ってたかって殺してしまう。
秩序は完全に崩れる。ジャックの一党はラーフたちを襲い、火をおこす道具であるピギーの眼鏡を奪った。ピギーは法螺貝を掲げて最後にもう一度理性を訴えようとするが、崖の上から岩を落とされて死ぬ。法螺貝も同時に砕けた。
生き残ったラーフはジャックの一党に追われる。少年たちは獲物を追い出すために島に火を放った。炎に追われて浜へ逃げ出したラーフの前に立っていたのは、一人の海軍士官である。島から立ち上る煙を見て軍艦が来ていた。大人が現れたことで、殺戮は突然中断される。士官は、イギリスの少年ならもっとうまくやれたはずだと言う。ラーフは、失われた無垢と、人間の心の闇を思って泣きじゃくる。物語はこの場面で閉じられる。