ドリス・レッシング

原綴
Doris Lessing
生没
1919–2013
出身
ペルシア・ケルマーンシャー(現・イラン)
イギリス
時代
20世紀以降

生涯

1919年、当時ペルシアと呼ばれたイラン西部に、イギリス人の子として生まれた。まもなく一家は、アフリカ南部の、イギリスの植民地だった南ローデシア(現在のジンバブエ)に移り住んだ。この、植民地でのアフリカでの成長が、初期の文学の原点になった。

若いころ、植民地社会の人種差別に、強い疑問を抱いた。共産主義に近づき、また二度の結婚と離婚を経験した。三十歳のとき、二人の子を残してアフリカを離れ、イギリスに渡った。この決断は、その後、女性の生き方をめぐる作品に、深く関わっていく。

イギリスで作家として立ち、以後、六十年以上にわたって旺盛に書き続けた。植民地の記憶、女性の自立、政治、そして晩年には空想科学小説へと、その主題は、生涯かけて変化し、広がり続けた。2007年、ノーベル文学賞を受け、2013年に没した。

作風

レッシングの文学の大きな特徴は、その主題の、たえまない変化にある。一つの作風にとどまることを、レッシングは拒み続けた。植民地アフリカの人種問題、女性の内面と自立、政治への幻滅、精神の危機、そして宇宙的なスケールの空想科学小説。生涯を通じて、次々と新しい領域に踏み込んでいった。

その根底には、社会の枠にとらわれずに、真実を見ようとする意志がある。人種、性、政治といった、当時の社会が当然としていた前提を、たえず問い直した。とりわけ女性が、自らの知性と感情に忠実に生きようとするとき、社会とどう衝突するかを、率直に描いた。

代表作『黄金のノート』は、その探究の頂点である。一人の女性作家が、自らの生を、政治、恋愛、創作といったいくつかの色のノートに分けて記し、しだいに精神の危機に陥っていく。分裂した自己を、いかに一つに統合するか。この主題を、実験的な構成で描いたこの作品は、女性の経験を描いた文学の古典となった。

作品

『草は歌っている(The Grass Is Singing)』(1950年)

植民地アフリカを舞台に、白人の入植者の妻と、黒人の使用人との緊張した関係が、悲劇へと至るさまを描いた長篇である。人種差別の構造を鋭くとらえた、レッシングの出発点となった作品にあたる。

『黄金のノート(The Golden Notebook)』(1962年)

一人の女性作家が、自らの生を複数のノートに書き分け、その分裂と統合を模索する長篇である。実験的な構成で、女性の内面と、時代の危機を描いた。二十世紀の女性文学を代表する作品とされる。

晩年には、遠い惑星の文明を描く、一連の空想科学小説も残している。

文学史における立ち位置と影響

レッシングは、二十世紀後半のイギリス文学を代表する作家の一人として文学史に名を残す。植民地体験から、女性の自立、そして宇宙的な想像力へと、生涯かけて主題を広げ続けたその歩みは、一人の作家の、たえざる探究の軌跡を示している。

とりわけ『黄金のノート』は、女性が、自らの経験を、自らの言葉で描くという営みにおいて、画期的な達成だった。当初、フェミニズムの文学として大きな反響を呼び、多くの女性の読者に影響を与えた。ただしレッシング自身は、一つの思想の枠に収められることを好まなかった。

人種、性、政治、そして精神のあり方。時代が当然としてきた前提を、たえず問い直し続けたその文学は、二十世紀の大きな変化を、一身に映している。ノーベル文学賞は、その生涯にわたる探究への評価だった。

登場する文学史