灯台へ

原題
To the Lighthouse
作者
ヴァージニア・ウルフ
成立
1927
イギリス
時代
20世紀以降

概要

1927年5月に刊行された長篇小説である。ロンドンでウルフ夫妻が経営していたホガース・プレスから出た。

舞台はスコットランド沖のヘブリディーズ諸島にある一家の別荘である。ラムジー夫妻と八人の子ども、それに数人の客が滞在している。物語の外形は簡単で、六歳の末子ジェイムズが沖の灯台へ行きたがり、天候を理由に取りやめになる。十年後、別の顔ぶれで実際に灯台へ渡る。

構成が三部に分かれる。第一部「窓」は九月のある一日を二百ページ近くかけて書く。第二部「時は過ぎゆく」は十年間を二十ページほどで書く。第三部「灯台」は再び一日を扱う。

出来事はほとんど起きない。書かれるのは、その場にいる人物が何を考え、相手をどう見ているかである。同じ場面が複数の人物の意識を通して繰り返し現れる。地の文と内面の区別は明確にされない。

ウルフは1882年、ロンドンの文人ヴァージニア・スティーヴンの家に生まれた。父レズリー・スティーヴンは評論家で、『英国人名事典』の編者を務めた。母ジュリアは1895年、ウルフが十三歳のときに死去し、その直後にウルフは最初の精神の変調を経験している。

一家は毎夏、コーンウォールのセント・アイヴズにある別荘で過ごした。海沿いで、沖にゴドレヴィ灯台が見える。作品の舞台はヘブリディーズ諸島とされるが、実際にはこの土地が下敷きになっている。

ラムジー夫妻は両親をもとにしている。ウルフは日記に、この作品を書き終えてから両親のことを考えなくなった、自分で自分を治療したのだろうと書いた。

執筆は1925年から翌年で、ウルフは異例の速さで書き上げた。刊行はダロウェイ夫人の二年後にあたる。

文学史における評価と影響

意識の流れと呼ばれる書き方の代表作の一つに数えられる。この語は心理学者ウィリアム・ジェイムズによるもので、文学では、人物の意識をその流れのまま書く方法を指す。ウルフの場合、一人の意識に固定せず、複数の人物のあいだを断りなく移る点に特徴がある。同じ夕食の場面が、夫人、リリー、タンズリーの側から順に現れる。

第二部の構成が繰り返し論じられてきた。主要人物三人の死が、括弧に入った数行で処理される。通常の小説なら山場に置かれる出来事が、家が朽ちる記述の付随物として扱われる。人間の時間と、家や海の時間を並べる意図として読まれる。

女性の立場も主題にあたる。ラムジー夫人は場を成り立たせることに生涯を使い、それ以外の生き方を持たない。リリーは結婚せずに絵を描き続け、そのために周囲から憐れまれる。タンズリーの「女に絵は描けない」という言葉が、リリーの頭に何年も残っている。ウルフは同じ時期に、女性が書くために何が必要かを論じた『自分だけの部屋』を書いている。

結末の絵の完成については読みが分かれる。リリーが引いた一本の線が何を解決したのかは書かれない。ラムジー夫人の不在をそのまま構図に取り込んだ、という読み方が多い。

あらすじ

第一部「窓」。九月の夕方。ラムジー夫人は窓辺で末子ジェイムズに靴下を編みながら、明日は天気がよければ灯台へ行けると言う。夫ラムジー氏が通りかかり、明日は晴れないと断言する。ジェイムズは父を憎む。

ラムジー氏は哲学者で、自分の仕事が二流ではないかという不安を抱えている。それを妻からの慰めで埋めようとし、繰り返し確認を求める。夫人はそのたびに与える。

滞在客が数人いる。ラムジー氏の教え子タンズリーは貧しい出身で、周囲に認められたがっている。「女に絵は描けないし、小説も書けない」と口にする。植物学者バンクス。詩人カーマイケル。

リリー・ブリスコウは画家で、庭でラムジー夫人と息子を主題にした絵を描いている。構図が決まらない。リリーは結婚するつもりがなく、そのことでラムジー夫人から気にかけられている。

夕食の場面が第一部の中心を占める。長いテーブルに全員が着く。会話は噛み合わず、それぞれ別のことを考えている。ラムジー夫人は場を成り立たせようと働きかけ、ある瞬間、全員がひとつになったと感じる。夫人はこの瞬間が残るだろうと思う。

食後、夫妻は書斎で過ごす。ラムジー氏は妻に愛していると言わせたがる。夫人は口にせず、代わりに、明日は晴れないというあなたが正しかった、と言う。夫はそれで満足する。

第二部「時は過ぎゆく」。別荘は空になる。夜が来て、風が入り、埃が積もる。壁紙が剥がれ、庭が荒れる。

この記述のあいだに、括弧に入れた短い文が三度挟まる。

〔ラムジー夫人が、ある夜に急死したこと。〕 〔娘プルーが結婚し、出産で死んだこと。〕 〔息子アンドルーがフランスで砲弾に当たって即死したこと。〕

いずれも数行で、感想は付かない。第一次世界大戦もこの部で通り過ぎる。

家政婦マクナブ夫人が時折様子を見に来る。老いた体で、家が崩れるのを一人で押しとどめている。やがて誰かが戻るという知らせが届き、二人がかりで家を掃除する。

第三部「灯台」。十年後の九月。ラムジー氏と、成長したジェイムズとカム、そしてリリー・ブリスコウらが別荘に戻る。

朝、ラムジー氏はジェイムズとカムを連れて灯台へ向かう船に乗る。子どもたちは、父に強いられていることに反発し、屈しないと二人で誓う。

リリーは庭に画架を立て、十年前に描きかけた絵をやり直す。ラムジー夫人はもういない。リリーはその不在を強く感じる。夫人が座っていた階段を見て、そこにいてほしいと思う。

船が進む。途中、ジェイムズが舵を取る。父は海図を見て、うまく操っていると言う。ジェイムズは、長いあいだ求めていた言葉を父から受け取る。カムはそれを見ている。

船が灯台に着く。ラムジー氏は先に立って岩に飛び移る。

同じころ、庭のリリーは絵を見て、中央に一本の線を引く。これで終わった、と思う。作品はその一行で終わる。

作者

登場する文学史