ユリシーズ

原題
Ulysses
作者
ジェイムズ・ジョイス
成立
1922
イギリス
時代
20世紀以降

概要

1922年に刊行された長篇小説である。作者ジョイスはアイルランドのダブリン出身で、この作品は20世紀のモダニズム小説の最高峰とされる。

扱われるのは1904年6月16日、一日だけである。そのたった一日の出来事が、日本語訳で三巻に及ぶ分量で描かれる。中心になるのは三人で、ユダヤ系の広告取りレオポルド・ブルーム、芸術家を志す若者スティーヴン・デダラス、そしてブルームの妻モリーにあたる。

構成はホメロスオデュッセイアに対応している。全18の挿話が、それぞれオデュッセイアの場面になぞらえられる。平凡な広告取りが街をさまよう一日が、英雄オデュッセウスの十年の航海に重ねられることになる。題名の「ユリシーズ」はオデュッセウスのラテン語名である。

最大の特徴は文体にある。人物の心に浮かんでは消える想念を、整理せずそのまま言葉にする「意識の流れ」の手法が全篇で使われる。

ジョイスは1882年、ダブリンの生まれである。若くしてアイルランドを離れ、パリ、トリエステ、チューリヒと移りながら、生涯の大半を国外で過ごした。故郷を離れながら、書いたのはダブリンのことばかりだった。

執筆には七年を要している。刊行の経緯も波乱に富む。性的な描写のためにイギリスとアメリカでは猥褻文書として発禁になり、刊行できたのはパリの英語書店だった。アメリカで解禁されたのは1933年で、この裁判は文学作品の猥褻性をめぐる判例として知られている。

作中の日付である1904年6月16日は、ジョイスが後に妻となるノラと初めて出かけた日にあたる。この日は今日「ブルームズデイ」として、世界中の愛読者に記念されている。

文学史における評価と影響

20世紀のモダニズム文学の金字塔である。この作品を抜きに20世紀の小説は語れない。

最大の革新は意識の流れの手法にある。心に浮かぶ断片的な想念や連想を、論理的に整えず言葉にする。人間の意識が実際に動く様子を文章で再現しようとしたこの試みが、小説の表現の幅を大きく広げた。句読点を排したモリーの独白は、その極致にあたる。

日常の徹底した描写も特徴である。英雄的な事件は何も起きない。平凡な男の平凡な一日が、あらゆる細部にわたって書かれる。排泄も食事も性欲も隠されない。だがその一日がオデュッセイアの航海に重ねられることで、ありふれた日常のほうに神話的な意味が宿る。英雄ではない男が、現代のオデュッセウスになる。

文体の実験も際立つ。18の挿話がそれぞれ違う文体で書かれている。新聞の見出しを挟む章、戯曲の台本の形をとる章、問答の形式で進む章、英語の文体の歴史を古い順に模倣していく章まである。あらゆる文体を使って一つの都市の一日を描き尽くそうとした例は、他にない。

難解さでも名高い。膨大な引用と暗示、複数の言語をまたぐ言葉遊び、入り組んだ構造。注釈なしに読み通すのはほぼ不可能とされる。ただしその奥にあるのは、平凡な日常への深い愛着である。

日本でも複数の全訳がある。ウルフをはじめ、後の作家への影響は計り知れない。

あらすじ

朝八時、ダブリンの海辺の塔で始まる。若い知識人スティーヴン・デダラスは、母の死をめぐる悔恨を抱えている。臨終の際に祈りを拒んだことが、そのまま重荷になっている。この人物はジョイスの前作『若い芸術家の肖像』の主人公でもある。

同じ朝八時、広告取りレオポルド・ブルームの一日も始まる。平凡で善良な中年の男である。ユダヤ系であるため周囲から距離を置かれている。妻モリーがその日の午後に愛人と会うことに気づいているが、あえて止めようとしない。

作品はこの二人の一日を追う。ブルームは妻の朝食を用意し、知人の葬儀に参列し、新聞社を訪ね、昼食をとり、図書館へ寄り、酒場で反ユダヤ的な男と口論になり、海辺を歩く。スティーヴンは学校で教え、浜辺を歩き、酒場で飲む。二人の道は何度かすれ違い、ようやく夜、産科病院で出会う。

深夜、酔って暴れたスティーヴンをブルームが助け、自宅へ連れ帰る。生まれてすぐ息子を亡くしているブルームは、この若者にその面影を重ねる。二人は台所でココアを飲みながら語り合うが、決定的に打ち解けることはないまま、スティーヴンは去っていく。

最後を飾るのがモリーの独白である。ベッドでまどろむモリーの意識が、句読点をほとんど置かないまま延々と続く。夫との思い出、愛人のこと、若い日の恋、日々の雑事。とりとめのない想念があふれ出し、最後は遠い昔に求婚された日の記憶へ戻る。そして肯定の言葉を繰り返して閉じられる。

作者

登場する文学史