ジョルジュ・ペレック

原綴
Georges Perec
生没
1936–1982
出身
パリ
フランス
時代
20世紀以降

生涯

1936年、パリにポーランド系ユダヤ人の家に生まれた。幼くして両親を失った。父は第二次大戦の戦闘で戦死し、母はナチス・ドイツの強制収容所に送られ、そこで命を落とした。この幼時の喪失と、記憶の空白が、生涯にわたって作品の底に流れている。

戦後、親族に育てられ、社会調査などの仕事をしながら小説を書いた。1965年、消費社会に生きる若い男女を描いた『物の時代』で認められた。

やがて、実験的な文学者集団「ウリポ(潜在文学工房)」に加わった。ウリポは、数学者や作家が集い、言葉に人工的な規則を課すことで新しい文学を生み出そうとする集団である。ペレックはその最も才能ある一員となり、規則にもとづく大胆な作品を次々に書いた。1982年、四十六歳で早世した。

作風

ペレックの創作の核心は、みずからに厳しい「制約」を課すことにある。ふつう、規則は表現の自由を奪うものと考えられる。ペレックは逆に、あえて困難な規則を課すことで、ふだんは思いつかない発想が引き出されると考えた。制約が、かえって創造の源になる。

その最も極端な例が、小説『煙滅』である。この長篇は、フランス語で最も多く使われる母音「e」を、一度も使わずに書かれている。「e」の欠落は、ただの言葉遊びではない。作中では、次々と人が消えていく。失われた「e」は、ペレック自身が失った両親の、そして戦争で消えた人々の、埋めがたい空白を暗示している。

記憶と喪失も、一貫した主題である。制約による遊戯的な創作と、幼時に失ったものへの深い喪失感とが、ペレックの作品では分かちがたく結びついている。軽やかな言葉遊びの底に、消えたものへの静かな哀悼が流れている。

作品

『人生 使用法(La Vie mode d'emploi)』(1978年)

パリのある集合住宅を舞台にした長篇である。建物の各部屋で暮らす人々の物語が、精緻な規則にもとづいて配列され、無数の断片として語られる。一つの建物を、まるでパズルのように描き出したこの作品は、ペレックの最大の達成とされる。

『煙滅(La Disparition)』(1969年)

母音「e」を一度も用いずに書かれた長篇小説である。文字の欠落が、人の消失という主題と重なる。制約による創作の、最も名高い実例にあたる。

初期の『物の時代(Les Choses)』は、消費社会の欲望をとらえた作品として知られる。

文学史における立ち位置と影響

ペレックは、形式の制約による創作を極限まで推し進めた作家として文学史に名を残す。あえて規則を課すことで想像力を解き放つというウリポの理念を、最も豊かな形で実現した。言葉遊びを、単なる技巧ではなく、深い主題と結びつけた点に、その独自性がある。

とりわけ、遊戯的な形式の実験と、戦争と喪失という重い体験とを、一つの作品のなかで結びつけたことが、ペレックを際立たせている。軽やかさと痛みが同居するその文学は、ほかに例を見ない。

早世にもかかわらず、その影響は大きい。制約が創造を生むという発想は、後の作家や、文学を越えた表現の領域にも刺激を与え続けている。二十世紀後半のフランス文学の、最も独創的な才能の一人とされる。

登場する文学史