シュルレアリスムとは? 夢と無意識をそのまま書こうとした前衛

発祥
フランス
年代
1924–1945
主な国
日本フランス

シュルレアリスムは、理性による制御を外し、夢や無意識に現れるものを、そのまま作品にしようとした運動である。ブルトンが1924年に『シュルレアリスム宣言』を発表して始まり、文学だけでなく美術・写真・映画を巻き込む、20世紀で最も広く波及した前衛になった。

背景 — 戦争への幻滅と、無意識の発見

出発点は、第一次世界大戦への幻滅である。理性と進歩を誇ってきたヨーロッパが、四年にわたって大量の死を生んだ。理性への信頼が崩れたところから、既成の価値をことごとく否定し破壊しようとするダダという運動が生まれる。シュルレアリスムは、このダダの破壊の勢いを受け継ぎ、そこから先へ進もうとした。

もう一つの土台が、フロイトの精神分析である。人間の心の大部分は、本人も気づかない無意識に占められていて、それが夢や言い間違いに現れる——フロイトはそう説いた。ブルトン自身、戦時中に精神医療に携わり、この理論に触れている。理性が抑えつけている無意識のなかにこそ、本当の心があるのではないか。ここから運動の方法が出てくる。

自動記述 — 理性の見張りを外す

中心にあるのが自動記述である。理性による見張りも、美しさや道徳への配慮も、いっさい外して、頭に浮かんでくるままに、できるだけ速く書きつける。整えたり選んだりしない。そうすれば、ふだん理性が抑えている無意識が、そのまま紙の上に現れる、と考えた。

夢の記録、街での偶然の出会い、関係のない物どうしの思いがけない衝突が、特に重んじられた。「解剖台の上での、ミシンとこうもり傘との偶然の出会いのように美しい」という、先駆者ロートレアモンの一句が、この感覚を表す言葉として繰り返し引かれる。

眼鏡を両手で目に当てるアンドレ・ブルトンの肖像写真(1924年)。
『シュルレアリスム宣言』を書いた運動の創始者アンドレ・ブルトン(1924年)。

文学から美術・映画へ

影響は文学の外へ大きく広がった。絵画のダリやマグリット、映画のブニュエルらが、夢のように理屈の通らない映像を作り出す。エリュアールは愛と自由をうたう平明な詩を書き、アラゴンは後に運動を離れ、共産党の側から書き続けた。無意識の解放をめざす前衛と、革命に奉仕する文学と——この二つが同じ運動の中で衝突し、政治との関わりをめぐる分裂が、運動の歴史につきまとった。

日本へは早く届き、そして弾圧された

日本への到達は早い。1920年代の末から西脇順三郎が理論と実作を紹介し、瀧口修造が中心的な紹介者・批評家になった。

ただし戦時下では、前衛芸術そのものが弾圧の対象になる。瀧口は1941年に検挙された。理性からの解放を掲げたこの運動は、国家が思想を統制する時代には成り立たなかった。同じ弾圧が、同時代のプロレタリア文学にも及んでいる(日本近代)。

後世への影響

シュルレアリスムは、夢・偶然・無意識を芸術の正面に据えることで、その後の詩や美術に広く道を開いた。理屈で説明のつかないイメージを組み合わせる手法は、20世紀後半の詩や、広告・映像の表現にまで受け継がれている。

この思潮の作家

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