ヌーヴォー・ロマンとは? 筋も心理も捨て、物の描写だけを積んだ小説

発祥
フランス
年代
1950–1970
主な国
フランス

ヌーヴォー・ロマン(新しい小説)は、登場人物・筋・心理という、小説が当然としてきた約束事そのものを捨てようとした試みである。1950年代のフランスで、パリのミニュイ社から作品を出した若い作家たちを中心に起きた。

なぜ小説の約束事を疑ったか

19世紀以来、小説には決まった作りがあった。人物がいて、筋があり、その心理が描かれ、物語が結末へ進む。ところが二つの大戦を経て、こうした整った物語で現実をとらえられるのか、という疑いが生まれた。人間が主人公で、出来事には意味があり、話はきれいに終わる——それは書き手が現実に押しつけた枠にすぎないのではないか、と。

同じ頃、哲学では現象学が影響を広げていた。ものを、あらかじめの意味や解釈を通してではなく、目に映るとおりに、そのまま捉えようとする考え方である。この見方が、次の方法につながっていく。

物は、人間とは無関係にそこにある

理論の旗手がロブ=グリエである。評論『新しい小説のために』で、物に人間の気持ちを読み込む書き方——「不安げな部屋」「寂しい風景」といった比喩や擬人化——を批判した。物は、人間の感情とは関わりなく、ただそこに在る。ならば小説は、そのありさまだけを、感情を交えずに書けばよい、と主張する。

たとえば従来なら「不安な部屋」と書くところを、ヌーヴォー・ロマンは、部屋の寸法と物の位置だけを、淡々と記述する。ロブ=グリエの『嫉妬』は、嫉妬という言葉を一度も使わず、ある男がひたすら見つめる情景の描写だけで、その視線の裏にある嫉妬を浮かび上がらせた。

書き手によって方向は違った。サロートは逆に、名づけられる感情の一歩手前にある、ごく微細な心の揺れを捉えようとし、これを「トロピスム」と呼んだ。ビュトールは『心変わり』で、主人公を「きみ」と呼ぶ二人称で物語を通した。デュラスは反復の多い独特の文体を作り、モデラート・カンタービレなどを書いている。

映画へ、そして小説論へ

この運動は、同時代の新しい映画(ヌーヴェル・ヴァーグ)と深く結びついた。ロブ=グリエは『去年マリエンバートで』の脚本を書き、デュラスは『二十四時間の情事』の脚本を手がけて、時間や記憶を崩す手法を映像にも持ち込んだ。

乗り越える相手が、先行者の大きさを示す

この運動が乗り越えるべき相手に据えたのは、バルザック的な、社会を丸ごと見渡す全知の語りと、プルースト的な、記憶と心理の細やかな探究である。

面白いのは、乗り越える相手として名ざしされること自体が、その先行者の大きさを示している点である。写実主義のバルザックと、モダニズムのプルーストが小説の二つの極を作ったからこそ、次の世代はそれを壊すことを自分の仕事にできた。心理も筋も削ぎ落とすその実験は、難解で乾いていると批判もされたが、「小説とは何をするものか」という問いを最後まで押し進めた点で、後の小説論に長く影響している。

この思潮の作家

フランス