アニー・エルノー
- 原綴
- Annie Ernaux
- 生没
- 1940–
- 出身
- セーヌ=マリティーム県リルボンヌ(ノルマンディー)
- 国
- フランス
- 時代
- 20世紀以降
生涯
1940年、ノルマンディーの小さな町に生まれた。父はカフェ兼食料品店を営み、母がそれを仕切っていた。労働者から小商人になった家である。
教育を受けて階級を移動した。大学で文学を学び、教師になる。生まれ育った労働者階級の世界と、教育によって入った知識人の世界。その二つの間の断絶が、生涯の主題になった。
1963年、学生のときに非合法の中絶を経験する。当時のフランスで中絶は違法だった。この経験は後に『事件』に書かれる。
高校・通信制大学の教師として長く働きながら書いた。1974年に最初の小説を発表し、1983年、父を書いた『場所』で評価が定まる。2022年、82歳でノーベル文学賞を受けた。受賞理由では、個人の記憶の根源と、疎外と、集団的な制約を明らかにした勇気と鋭さが挙げられている。
作風
エルノーは、自伝的な素材を社会学的な記述として書く。書く材料は自分の人生である。労働者階級の両親、階級を上がった自分、違法な中絶、母の認知症と死、年下の男との関係、乳癌。普通ならこれは告白の文学になる。だがエルノーの書き方はそこから外れている。
文体は徹底して簡素である。比喩を使わず、感情を形容せず、事実を短い文で並べる。本人はこれを「エクリチュール・プラット(平坦な書き方)」と呼んだ。目的は感動させないことにある。文学的な仕上げを排することで、書かれている事柄そのものを読者の前に置く。
「私」を一つの事例として扱うのも特徴である。この経験は自分だけのものではなく、同じ階級・世代・性の人間に共通する条件から生じている、という前提で書く。個人の告白ではなく、個人を通した社会の記述になる。当時の写真、日記、流行歌、広告、統計といった資料も使い、個人の記憶を時代の記録と突き合わせる。
中心にあるのは階級の断絶である。『場所』は父を、『ある女』は母を書いたが、両方に共通するのは「自分が親を恥じたこと」への向き合い方である。親の言葉づかい、振る舞い、教養のなさを、教育を受けた娘は恥じた。そして今、その恥じた感情自体を記述の対象にする。書くという行為が、親の世界から自分を切り離す作業だったという自覚が、繰り返し現れる。
作品
場所(1983年)
父を書いた作品である。と同じ日に発表されるルノドー賞を受け、簡素な文体が確立した。
シンプルな情熱(1991年)
既婚の外国人男性との関係を、待つことしかしない状態の記述として書いたものである。
事件(2000年)
1963年の非合法の中絶を書いた。手順、痛み、恐怖が具体的に記述される。2021年に映画化され(『あのこと』)、ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受けた。
歳月(2008年)
代表作とされる。1941年から2006年までを、「私」ではなく「彼女」と「私たち」で書いた。個人史とフランスの戦後史が同じ文章のなかで進み、写真の描写が節目に置かれて時間の経過を示す。
文学史における立ち位置と影響
エルノーは、自分の人生を素材にしながら、それを個人の告白にしない方法を確立した。
フランス文学のなかでの位置は独特である。私小説とは違う。個人の内面の吐露ではなく、社会的な条件の記述だからである。1950年代に筋も人物も持たない小説を目指したヌーヴォー・ロマンとも違う。ロブ=グリエやサロートのような形式の実験ではなく、伝えることを優先する。むしろ社会学に近く、本人が社会学者ブルデューの階級論の影響を公言している。この方法を指して「オートソシオビオグラフィー(自己社会自伝)」という語が使われる。
日本の私小説と比較すると、方向の違いがはっきりする。島崎藤村や田山花袋の私小説が、作者個人の秘密の告白へ向かったのに対し、エルノーは個人を社会の一事例として書く。素材は自分でも、目的が逆である。
同時代の作家への影響も大きい。階級と出自を主題にする書き手——エドゥアール・ルイら——が、この方法を継いでいる。フェミニズムの文脈でも重要で、中絶、身体、女性の欲望を、告白でも主張でもなく記録として書いた点が評価されている。