ポール・エリュアール

原綴
Paul Éluard
生没
1895–1952
出身
パリ近郊サン=ドニ(現・セーヌ=サン=ドニ県)
本名
ウジェーヌ・グランデル
フランス
時代
20世紀以降

生涯

1895年、パリ近郊のサン=ドニ(現・セーヌ=サン=ドニ県)に生まれた。本名はウジェーヌ・グランデル。若くして結核を病み、療養先でロシア出身のガラと出会って結婚した。だがガラは、のちに画家ダリのもとへ去り、その生涯の伴侶となる。この別れは、エリュアールの愛の詩に深い影を落とした。

第一次大戦後、ブルトンアラゴンらとともにシュルレアリスム運動に加わり、その中心的な詩人となった。夢や無意識を重んじる運動のなかで、エリュアールはとりわけ、愛をうたう詩人として際立っていた。

政治的には共産主義に近づき、スペイン内戦や、第二次大戦下のドイツ占領に対する抵抗運動に、詩をもって関わった。この時期に書いた詩「自由」は、占領下のフランスで広く読まれ、空から撒かれもした。戦後も愛と平和をうたい続け、1952年に没した。

作風

エリュアールの詩は、澄んでいて、平明である。シュルレアリスムの詩人でありながら、その言葉は難解ではない。ごく簡単な言葉が、思いがけない組み合わせで結ばれ、清らかで新鮮なイメージを生む。この明快さと純粋さが、エリュアールの詩の大きな特質である。

一貫した主題は、愛である。愛する女性へのまなざしを通して、世界が新しく、輝いて見える。エリュアールにとって、愛とは、閉ざされた自己を開き、他者と、そして世界とつながる道だった。「彼女は私の手のひらの中に立っている」といった、簡潔で美しい詩句が、愛の感覚をまっすぐに伝える。

その愛の主題は、やがて自由や連帯へと広がった。個人的な愛の詩が、占領下では、抑圧に抗する人々の連帯の歌となった。詩「自由」は、あらゆるものに「自由」の名を書きつけるという形で、愛の言葉を、そのまま自由への希求へと高めている。

作品

『苦悩の首都(Capitale de la douleur)』(1926年)

シュルレアリスム期のエリュアールを代表する詩集である。愛と、そのゆらぎをめぐる詩を集め、簡潔で澄んだ言葉によるイメージの美しさを示した。「大地は一つのオレンジのように青い」という一行に代表される、思いがけない語の結びつきが、シュルレアリスムのイメージの好例として知られる。

詩「自由(Liberté)」(1942年)

第二次大戦下に書かれた詩である。ノート、樹木、砂、雪、そしてあらゆるものの上に、繰り返し「お前の名を書く」とうたい、最後にその名が「自由」であると明かす。占領下のフランスで広く読まれ、抵抗の象徴となった。

戦後の『不死の詩集』など、愛と平和をうたう詩集も数多く残している。

文学史における立ち位置と影響

エリュアールは、シュルレアリスムを代表する詩人として文学史に名を残す。理論家ブルトンが運動を導いたのに対し、エリュアールは、その理念を最も美しい詩に結晶させた実作者だった。難解になりがちな前衛詩を、澄んだ平明な言葉で書いた点に、その独自性がある。

とりわけ、愛の詩人としての評価は高い。愛を通して世界とつながろうとするそのまなざしは、多くの読者の共感を呼んだ。単純な言葉で深い感情を伝えるその詩法は、二十世紀の抒情詩の一つの手本となった。

抵抗詩「自由」によって、エリュアールの詩は、個人の愛を越えて、抑圧に抗する人々の共有財産となった。愛と自由を一つのものとしてうたったその仕事は、詩が時代とどう関わりうるかを示す、忘れがたい例とされている。

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