実存主義
- 発祥
- フランス
- 年代
- 1940–1960
- 広がり
- 4 か国 / 6人
先駆はキルケゴールとニーチェにあり、文学ではフョードル・ドストエフスキーの地下室の手記やフランツ・カフカの世界が繰り返し参照される。
ジャン=ポール・サルトルが「実存は本質に先立つ」と定式化した。人間はまず存在してしまい、後から自分が何であるかを選び取るしかない。したがって人は自由の刑に処されている。アルベール・カミュの異邦人(一九四二年)は、母の葬儀で泣かなかった男が殺人の裁判でそのことを咎められる話で、世界の無意味さを前提に置いた。
シモーヌ・ド・ボーヴォワールは『第二の性』(一九四九年)で「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」と書き、この思想を性の問題へ拡張した。その後のフェミニズムの出発点の一つになっている。
なおアルベール・カミュは自らを実存主義者と呼ばれることを拒み、ジャン=ポール・サルトルとは一九五二年に政治的立場をめぐって決裂している。一つの流派として括ることには当人たちの側から異論があった。