失われた時を求めて

原題
À la recherche du temps perdu
作者
マルセル・プルースト
成立
1913-1927
フランス
時代
20世紀以降

概要

1913年から1927年にかけて刊行された長篇小説である。全七篇、日本語訳で十三巻から十四巻になる。プルーストは1922年に死去しており、第五篇以降は死後に刊行された。

語り手は「私」で、名は一度だけ「マルセル」と呼ばれる場面がある。作者と同名だが、経歴は一致しない。

内容は「私」の回想である。幼年時代の田舎町、少年期の恋、社交界への出入り、嫉妬に満ちた同棲、第一次大戦、そして老いた知人たちとの再会。

最終篇で「私」は、これらの記憶を書くことを決意する。その小説がいま読んでいるものにあたる、という円環の構造をとる。

長さと難解さで知られるが、事件が少ないわけではない。恋愛、決闘、社交界の勢力争い、戦争が扱われる。読みにくさは、一文が長く、一つの知覚から連想と分析が枝分かれしていく書き方から来る。

プルーストは1871年、パリの裕福な家に生まれた。父は高名な医師で、公衆衛生の分野で業績がある。母はユダヤ系の富裕な家の出だった。九歳で喘息の発作を起こし、生涯これに苦しんだ。

若いころは社交界に出入りし、寄稿や翻訳をしていたが、まとまった仕事はしていない。1903年に父、1905年に母を失う。以後、外出を減らし、パリのオスマン大通りの部屋にこもった。喘息のため、部屋の壁をコルクで覆い、音と埃を遮っている。夜に書き、昼に眠る生活だった。

執筆は1908年ごろから始まる。第一篇は複数の出版社に断られた。当時のプルーストは社交界の遊び人と見られており、原稿も長すぎた。ガリマール社の選考ではジッドが却下に関わっており、後にこれを生涯の悔いとして手紙で謝罪している。プルーストは費用の一部を負担する形で1913年に刊行した。

第一次大戦で刊行が中断する。その間にプルーストは原稿を大幅に増補した。当初の構想は三篇だったが、最終的に七篇になる。

1919年、第二篇がゴンクール賞を受けた。以後、名声が確立する。

1922年11月、肺炎で死去。五十一歳だった。第五篇以降の校正は済んでおらず、弟のロベールと編集者が整理して刊行した。このため後半篇には校訂上の問題が残り、版によって本文が異なる。

文学史における評価と影響

記憶と時間の扱いが最も論じられる。無意志的記憶は、思い出そうとして思い出すものではない。味、音、手触りが偶然に一致したとき、過去がそのまま戻る。プルーストは、この経験のときにだけ、時間の外に出られると考えた。

一文の長さも特徴にあたる。一つの知覚から比喩と分析が枝分かれし、従属節が積み重なる。最長の文は日本語訳で数ページに及ぶ。この書き方は、意識が動く速度そのものを写す試みとして読まれてきた。ジョイスユリシーズウルフ灯台へと並べて、意識の流れの系譜に置かれる。

社会の記録としても読まれる。19世紀末から第一次大戦後までの貴族社会と市民社会の混交が細部まで書かれている。ドレフュス事件——ユダヤ系の軍人が冤罪で有罪とされ、フランスを二分した事件——が社交界の人間関係をどう変えたかは、この作品の重要な部分にあたる。プルーストの母はユダヤ系で、本人もドレフュス擁護の側に立っていた。

同性愛の扱いも当時としては異例である。第四篇以降、複数の人物が同性に惹かれる者として書かれ、その心理と社会的な立場が正面から扱われる。プルースト自身が同性愛者だったことは、後の伝記研究で確認されている。

結末の円環構造は繰り返し指摘される。「私」が書こうと決意した小説が、読者がいま読み終えた小説である。最後の語が「時」であることも意図されている。

あらすじ

第一篇「スワン家のほうへ」(スワン家のほうへ)。語り手は幼年時代の田舎町コンブレーを回想する。就寝時に母のキスを待つ夜。大叔母の家。散歩の二つの道——スワン家のほうと、ゲルマントのほう。

ある冬の日、「私」は紅茶に浸したマドレーヌを口にする。その瞬間、説明のつかない喜びが起こる。原因を探るうち、幼い日に大叔母から同じものをもらった記憶がよみがえり、そこからコンブレーの町全体が立ち上がる。意志では思い出せない過去が、偶然の感覚から戻ってくる。この経験を無意志的記憶という。

同じ篇に「スワンの恋」が入る。「私」の生まれる前の話で、社交界の寵児シャルル・スワンが、好みでもない女オデットに惹かれ、嫉妬に苦しみ、最後に「自分の好みでもない女のために人生を棒に振った」と気づく。それでも二人は結婚する。

第二篇「花咲く乙女たちのかげに」。少年期。スワンの娘ジルベルトへの恋。海辺の町バルベックへの滞在。画家エルスチール、そしてアルベルチーヌを含む少女たちとの出会い。この篇が1919年にゴンクール賞を受けた。

第三篇「ゲルマントのほう」。パリの貴族社会に入る。ゲルマント公爵夫人への憧れ。祖母の死。ドレフュス事件をめぐって社交界が割れる。

第四篇「ソドムとゴモラ」。シャルリュス男爵が男を相手にしている場面を「私」が偶然目撃する。ここから、同性愛が作品の主題の一つとして正面に出る。アルベルチーヌへの疑いが始まる。

第五篇「囚われの女」。「私」はアルベルチーヌを自分の家に住まわせ、外出を監視する。嫉妬は解消されない。相手が何を考えているかは決して分からない。アルベルチーヌは去る。

第六篇「消え去ったアルベルチーヌ」。アルベルチーヌが落馬事故で死ぬ。「私」は嘆くが、やがて忘れていく。忘却の過程が、恋の過程と同じ精度で書かれる。

第七篇「見出された時」。第一次大戦をはさむ。パリが空襲を受ける。

戦後、「私」はゲルマント大公邸の午後の集まりに出る。その途上、敷石につまずいた感覚、スプーンが皿に触れる音、ナプキンの手触りが、次々に過去を呼び戻す。マドレーヌと同じ経験である。

ここで「私」は理解する。この経験がよみがえらせるのは、過去そのものではなく、時間の外にある何かである。それを定着させる方法は芸術しかない。「私」は小説を書くことを決める。

会場に入ると、知人たちが老いている。誰だか分からない者もいる。若い娘だと思った人物が、かつての恋人の娘だった。時間の経過が、人の顔の上に現れている。

「私」は、残された時間で書き上げられるかを危ぶみながら、着手を決意する。作品はそこで終わる。

作者

登場する文学史